フリースタイルダンジョンの観覧に行ってきた 〜客のことをジャガイモと思う演者は、客にもまたジャガイモと思われているのだ

フリースタイルダンジョンの観覧を観てきた。

本当に本当に本当に格好良かった。ヒーローがこんなにたくさんいる。

極度に集中した肉体の放つ殺気、豊かな日本語と溢れるエンターテイナー精神、上を目指しあう男どもの友情。

オリンピックとM1と少年ジャンプがいっぺんに来たくらい面白かったよ!!

 

アツすぎるフリスタのライヴまるで少年ジャンプ!豊かすぎるフロウとライム日本語の表現乱舞!ひるがえって嫉妬と自己嫌悪に陥る私どうせスランプ!でも受けたパッションとインスピレーション忘れないぜ絶対小説で返す!

 

……韻踏んでおいてなんだけど(「!」の前の7音節の母音に注目だ、これが韻というものだ)韻を沢山踏めば勝負に勝てるかというとそういうわけでもない。TVと違って会場では字幕が無くその代わりにラッパーのボディランゲージがよく見える、韻を踏むこと同様、「いかに韻を踏んだと客に分かりやすくアピールして盛り上げるか」が大事なのである。いくら韻が固くても高速で平坦なイントネーションでごにょごにょ言ってると何してるかわかんない(高速ラップは難しいだろうにそれが仇になるとは本当皮肉である)。そういう意味でモンスターたちは何を言ってるか完全にわかるのであった、キャラ立ちもすごいし。たぶんテレビ向けにカスタマイズした戦いをしているのだろう。

 

さて、そんなことを考えてたら、音楽をやってる友人から「この前の俺の弾き語り微妙くなかった?」とLINEが来た。曲は君らしくてすごく良かった、でも最後に5分くらいやってたコールアンドレスポンスは、君が魂を一つにしようと呼びかけたにも関わらず、和を乱して自分が気持ち良いように歌う奴がいて、あんまりよくなかった、という旨を返信した。

もしかしたらコールアンドレスポンスが一番難しいのかもしれない、と思った。自分自身だけでなく、バンドメンバーだけでもなく、客という、精神の集中度合いの低い肉体とひとつにならないといけない。客の我に勝たないといけない。客に、自分自身でいるよりも誰でもなくなってしまう方が気持ち良いと伝えないといけない。それは、演者自身が我を消すことと同義である。

知ってる? 心に黒いものを溜めてる人は、心に溜めてる黒いものを見せたくないからどんどん心の壁が厚くなって、心筋症で死んじゃうんだよ。

私が過去を思い出してばかりいるのは物書きだからか? 音楽屋は未来ばかり見てる

人を嫌いにならなくてよかったと、また半年越しに思ってる。無駄に人を嫌おうとして多大なエネルギーを使った、ま好きでいても多大なエネルギー使うんだけど、フォースはダークじゃないフォースの方がいいよね?? 今はせぶんいれぶんすごくいい気分、ファミリーマートで家族を買っちゃおう。

あとねえ大事なことは皆に言っちゃだめって知った、ブログちゃんのことは大好きだから何でも教えちゃうふふふふん。今月の目標は

 

・ブログを毎日書く(ただし週2まで休みを認める)

・6時間以上寝ない

・朗読は2本新作を出す

・あとはシークレットコンテンツもうひとつね

 

狡猾な悪人とバカな善人なら、バカな善人の方がいいや! でも世の人の多くはバカな悪人なんだから、頭いい分私の勝ちだもんねー!! べーーーーーーーーーだ。

 

 

7月になった瞬間あじさいが全部枯れた。

お前も俺もゴミだが、燃えるゴミだぜ

人間には良いところと悪いところがあって、9割方黒だけどものすごく白い面が猫の額くらいの小ささで残されていてそこがキラキラ光ってる人もいるし、薄汚い白がぼんやりと大部分を占めている人もいるような奴もいるんだろう、でも私にそう見えるだけで他の人にはそいつも真っ白に見えるのかもしれない。

 

人を好きになるのも嫌いになるのも難しすぎて、なんかもう自分じゃ決められないことな気がする。メアドが変だから好きじゃない、とか言えるのは恋愛のあまりに初期の段階(か、完全に終わった段階)だけな気もするのだ。

 

昨日は私の本現場だった。一番汚いところをを見せ合った。

私のことを以前より嫌いになった人もいた。私も以前より自分を嫌いになった。でも好きにもなった。

自分の中に掃き溜めがあって、そこは私の意識がいまだ及ばず、まったく片付かぬまま、ゴミ屋敷の腐臭を放っている。

 

でもさ、大事なのは、そこにあるのは燃えるゴミなんだわ。

貴様も俺もゴミだが、燃えるゴミだぜ。

生首生ゴミ生カラミ

もっと矛盾しろ

トムとジェリーは実は仲良し

パンクの奴は大体臆病

血のりはケチャップより甘い

愛してるから金返せ

占われたいが良い予言だけ聞きたい

食べた〜〜い、でも痩せた〜〜い

歯茎を溶かしてコーラを飲む

マークパンサーは実は日本人

地球にやさしく僕に厳しい

便所に放られた神様の生首

礼儀正しく一礼して触る痴漢

チョコレート味の歯磨き粉

80年後に死ぬ予定で遺書を書く

 

 

ねえこの5分間何を言ってもいいの? 言っちゃいけない言葉もないの、出しちゃいけない音量もないの、漏らしちゃいけない秘密もないの。脚の脚の間のことは言い飽きたわ、世の人は知らない、本当にいや(ら)しいことは脚の間でなく耳と耳の間にある。政治家は左耳から右耳へ貫通する棒を通して串刺し、透明性どころか向こうが透けて見える政治。鼻の穴と穴が貫通しているのは家畜。カウベルのせいで息がよく吸えないの。口から垂れるよだれは涙よ。

 

 

山の野生の肉には良い神と悪い神がいて、良い神は熊の毛皮を被り肉と骨と暖をとる毛皮をもたらしてくれる。悪い神は良い神と同じ姿をしているが、人を食べようとし人に殺されるのを待っている。人は悪い神を殺しても食わない。肉をバラバラに山の各所に置きウジが湧くままにする。首は女便所に放り込む。もし悪い神に襲われた人が死なずに怪我を負った時は、病床に悪い神の首をおき治るまで見張らせる。治ったら神棚に、治らなかったら女便所に放り込む。

 

 

人間の肉には良い肉と悪い肉がある。良い肉は良い肉を求め、血を新鮮にしもっと良い肉になるために一緒に駆け回る牧場を探す。悪い肉は悪い肉を求め、腐りかけの美味を貪り合い、一緒に入る屠畜場を探す。悪い肉は良い肉に食われるのを待っているが良い肉は腐臭に敏感なので悪い肉に近づかない。そこで悪い肉は良い肉に包まれることになる。逆に、食われるのを怖れて悪い肉で包まれた良い肉もある。いずれにせよ、肉にとって一番幸せなことは食われることだ。

「大事にしてね」の「大事」の意味とは

恋の門をみた。登場人物はみんな漫画家だ。

芸術家をモチーフにした映画は好きだが辛い。みんなわたしより頑張ってるからだ。

「なんでここまで頑張れないのか」と思って、ツイッター見たらバンドが深夜練の動画あげてた。

集中できない、自分の才に賭けられない、なんで来ないの?  才能ないの? れいちゃんの文章は個性があるからその個性大事にしたほうがいいよ、と言われたけどさ、大事にし方の具体例を教えてくれ、わたしは「大事にする」という言葉の意味が分からないんだ。

 

あいつが女を意味なくぶん回すのは見捨てられ不安の試し行為、あの子は寂しがりやの浮気症(ただしだって彼氏がかまってくれないんだもんという理由をつけて罪悪感をもたないのがキモ)、君はノリがいいから友達多いけど繋いだ手をわざとふりほどく仕打ちをして「ほらみたどうせみんな見捨てる」と感傷に浸るのが趣味(そしたらずっと言い訳できるからだよね)、じゃあ、私は?

 

『「女の子は可愛くてバカなのがいい」といって無垢な少女を偏愛するおじさん達はその昔、溺愛マザーに育てられたはずだ、母以外には可愛いと言ってもらえなくなった無念な自己像を少女に託してるのだ』って本で読んだ、じゃあ私は?  私の母は厳しかったの甘かったの? 娘に自己実現を託してたの? 私の父の存在は希薄なの?

 

自分のことだけ分からない。自分といる時間は一番長いのにな。

自己言及はキモい

もらえるはずの金がもらえないし電車で隣の人がしつこく鼻すするしオープンマイクは孤独だしバイトもなんかつらいし編集の人は原稿読んでくれないし助けてくれる人も減ってしまったし、って全部嫌になって帰路で泣いてしまった。私は大森靖子ちゃんじゃないからすべてのアウェイをホームに変える力は無いし、どこにでも私の言葉は最強だと言える自信もない。これからつけるしかない。

 

頭の悪い奴と話してる暇は無い、おまえのせいで泣いてる暇もない、きらいきらいしらんきらい、孤独にかまけてドブに捨ててる時間も無い、すごい人が言ってた、あなたの孤独をちゃんと見つめて小説にできたらそれはきっと社会に通用するものになる、って。でもその前に普通死なない? だってお金稼げないだけでこんなにキツいんだぜ。それとも適当なお金を稼いで適当にそれっぽく生きる方が良かった?

 

たまたまアイドル(地下アイドル? この言葉も嫌いなんだが)を見る機会があった。最近、どんなに可愛くても奇形、と思ってしまう。どんな力が女子だけをああさせているのか。気づかいの束みたいなのが見えて、背骨に針金が入ってるようで、自覚的ならいいけどそういうものに無自覚のままアイドルを崇拝してる人はキモい。

 

ねえねえでもさ、でも、そのあまりに強力な力の影響を1mmも受けずに有名になる女子なんてはたしているんだろうか。疲れた。

今までのは全部営業だったんだね、君はサクラだったんだね。

重い、おでんに入ってる、だしを沢山吸ったはんぺんが背中にのしかかってるような気分でここ数週間を過ごしている。

 

水商売をやっていた頃の原稿を書いている。水商売は、人間のコミュニケーションを介在するもののうち金という要素を大きくクローズアップする世界だ。つまり誠意も愛もすべての気持ちを金で表現しないと、無いことにされても文句は言えない。

私は、お金は敬意の、お金は誠意の、お金は愛の表現手段だと思っている、元から思っている。好きなバンドといくら仲良くなってもゲストで入ったことは無い。

 

水商売をやっている時は、指名料払ってでも私と喋りたい人がわんさかいたから、よくわかんない奴がタダで「会いたいです」とか言っても撥ね付ける勇気と高飛車と傲慢さがあった。その勇気と高飛車と傲慢さが、交友関係のバリエーションを確実に狭めていた。それに対する反省もあるが、どちらかというと人間関係に損得とか上下を持ち込むことへの反省の方が多いかな。

金というチャンネル以外の豊かさも当然ある。バンドともきっと、仲良くなってスタッフパスもらうとか金以外のところで手を結ぶやり方の良さもあるんだろう。

 

金と愛について小説を一本書いたことがある(まだどこにも公表していない)。金がコミュニケーションを介在するものとしてどういう意味を持つ存在かを考えると本当に不思議だ。親切、手間、物質(プレゼント)と大きく違うのは、もらった人間以外にとっても価値が等しい点だろう。つまりAがBにあげたプレゼントや親切は、Cにとっても等価とは限らない(というか大体無価値)だし、譲渡不能だったりする、が、AがBにあげた一万円はCにとっても一万円だし等価で譲渡可能なのだ。端的に言うと公共性だ。プレゼントの横流しは一般に罪悪感をともなう行為だし非難を受けるに足る行為だが、金はそもそも横流し(=使う)するものなんだわ、大事に一万円をしまったままにする奴はいないんだわ。

だからBはAから金を「巻き上げる」という言い方ができる(親切や物品も巻き上げることができるが、それらはCに等価で横流し不能だから、「巻き上げる」と言ってもパンチが足りない)。

あるいはBがAに不義があった場合、Aが「巻き上げられた」と言っても仕方ない。

 

イロコイと呼ばれる、嬢との恋愛関係を望む男が、恋に破れた時に言い放つセリフ「今までのは全部金のためだったんだね」が最後っ屁としてそれなりの効力を放つのもそれが理由だ。これを言われた時は、結構ショックだった。出会い系のサクラをやってる時に「サクラですね」と言われた時も、だ。

 

あなたに感謝するから/誠意があるから/愛があるから何かを与えたい、その時に金を使うのが仕事、それ以外を渡すのが仕事以外の人間関係だとしたら、水商売はその垣根をめちゃめちゃにする超ヤバい商売で、アイドルがこの前刺された時も言ったけど「いつか刺されるな」と思ったことの無い嬢はこのヤバさをハンドル出来ない、向いてないからやめた方がいい。私はあなたに何を売った?

詩のオープンマイク考察〜「あなたの魂の叫びを5分間で自由に」と言われても結構困る〜

SuiseiNoboAzやゲスバンドなどでギターを弾いている高野京介というバンドマンが、毎日のようにブログを書いているので、一気読みした。

「嫉妬するギターがあるように、嫉妬する文章というものがある」と書いてあったけど私は君の文章に嫉妬するぞ。ちなみにその後は「黒子のバスケ脅迫事件の犯人の陳述もASKAの小説も木嶋佳苗のブログもドチャクソ面白い」と続く。

 

 

詩の朗読のイベントに行ってきた。詩の朗読っていうウルトラマイナージャンルで創作活動のはじめの一歩を踏み出すものは少なく、大体が他ジャンルからの参入である。

元役者、美術畑、ラッパー、音楽家、俳人、私みたいな物書きなど。

 

元役者は声色と身体使いは最高なのだが言ってることが平凡でつまらん、物書きは逆に黙読すれば良いテクストを何の工夫も無く一本調子で読み上げてセルフレイプ、同音異義語がちらつき誤解を招くレベルのダサいミスもする、俳人はその点音への配慮がなされているが短距離走者なので5分の出し物を作れない。

全員が合体したら最強かも(つまり物書きが書いたテキストを俳人がアレンジして役者が読む、的な)、しかしそうはいかないのだ。そしてそれでいいならズートピアを観ればいいのだ。

 

 

詩の朗読、というかオープンマイクというものにはフォーマットが無い。マジで無い。いわゆる詩っぽい詩を読むのは多分半分以下で、あとは小話とか歌っちゃうとか怪談とか長めの自己紹介とかsiriに話しかけるとか、5分以内なら何してもいい。4拍子とBPM、五七五、起承転結、そういうフォーマットが何も無い。

ちなみにパクる気なくともつい似ちゃう的な偉大な先駆者もいない。つまりナンバガとか相対性理論みたいな。太宰治とか舞城王太郎みたいな。しいていうなら最果タヒだと思うが彼女とて別に朗読詩人というわけでもない。

 

何が言いたいかと言うと、あまりにフォーマットが無いと人間はそんなに面白いことを言えないのではないか? ということだ。

 

「どんなやり方でもいい、5分間であなたの魂の叫びを」

 

と言われても、まあ困るんだわ。

このへんが、オープンマイクがめちゃめちゃ敷居低いにも関わらず競技人口が少ないことと関係あるんだと思う。

 

じゃあ、オープンマイクのいいところって何なんだよ?

逆説的であるが、多少しどろもどろして出来が悪くとも、目の前で、言いたいことを、何のフォーマットにも頼らずに、剥き出しで言ってる奴がいる、という泥臭さなんだと思う。

 

というわけで前述のような中途半端な合作は策略ミスなんだわ。お前が言いたいことをお前の口と身体で言うのがオープンマイクなんだわ(それなら何度も言うがズートピアを、数えきれない人間に洗われて脚本だけでも200回以上直したと言われるズートピアを観るべきだ

 

 

さて、詩のオープンマイクで様々な人種を見て思うのだが、やはり総合戦闘力としてはバンドマンが最強である。ときに詩人を越える作詞能力、時にお笑い芸人を越えるMC、ステージング、雑学、そして社交性(最低限の社交性が無いとバンドは組めない!!)。

 

バンドマンがオープンマイクに出たら簡単に全員殺せると思う。そして「ぬるっ、何ここ」と言ってまたライヴハウスに戻っていくと思う。

 

そんなこんなで昨日の私のステージが終わった後

「バンドの女ボーカルみたいな立ち振る舞いだった、なんか音楽とかやってるんですか?」

と言われたのは超嬉しかったんだ。

 

 

 

 

・そうだひとつ言い忘れた、バンドマンは下手な小説家よりブログがおもろい。

最果タヒもブログが面白い。

・最近はケータイ大喜利のレジェンドそして伝説のハガキ職人のツチヤタカユキ氏のnoteに嫉妬した。

・オープンマイクの悪口ぽく読まれるかもしれんから補足しておくと、ちゃんと自分の力で自分のフォーマットを作って素晴らしいオープンマイクをするタイプの人はいる、確実にいる。この二人はすっげえ面白い大好き尊敬、ういちゃんに至っては初対面で家に泊めた。リンクはおすすめ動画に一発でトぶ。

大島健夫

自縛ポエトリー/うい

 

 

私はとりあえずフォーマットを見つけるべく場数を踏むべきだと思ってる。あと度胸もつけたい。

 

6/22wed 19:00 @大塚diningbar海 海のオープンマイク

6/24fri 19:00 @高円寺無力無善寺 無力無善寺オープンマイク(仮)

6/25sat 14:00 @大塚Pasta e Vino Kei 詩人リユニオンVer.

6/26sun 21:30 エロ大喜利ツイキャス ←詩じゃないけど! 見て!

7/4 mon 20:00 @渋谷RUBY ROOM SPIRIT

7/17sun 15:30 @渋谷喫茶SMILE 朗魔2

7/22fri 19:00 @高円寺無力無善寺 無力無善寺オープンマイク(仮)

 

多分これ全部出るんで、下記のサンクラ聞いて「いいな」と思ったやつは、目撃してくれ。

おすすめは無力無善寺だ。あと朗魔。

 

 

渋澤のサウンドクラウド

「ハメ殺し」 

ニュータイプなカットアップ。テキストはこちら

「スカツイ9本」 

140字以内の詩、小説集「スカートとツイートは短い方がいい」より自選9編。

「死にオチスカツイ」 

140字以内の詩、小説集「スカートとツイートは短い方がいい」より、死の香りがする9編。

 

「助けて」という人と「助けて」という人を結びつける、何にもならないマッチングサイト

人はみんな一人で、全然関係なくて、関係ないことが最高なのに、なんで関係あろうとして、めんどくさくなりたがるんだろう?
 
感情なんて無けりゃよかったのにさ、あっちゃったから、もうあるコースで頑張るしかないんだけどさ。
 
君と私は関係ない、
君の書く歌詞の君は私じゃないし、
君の書く歌詞のラブは語呂合わせだ。
 
私に君は救えない、
戦争が起きたとき国境の右と左にいて、敵同士の軍になって、兵士の君を、君と知らずに殺したい、か、殺されたい。それくらい関係ない。

伝われ



20160606渋谷Rubyroomオープンマイク

ある人から魔法を授けられた後にステージに立ち、いい感じにトランスしてあー自動操縦モードだってなって、それは小学校のピアノの発表会や高校のオーケストラ以来で味わう感覚で、ああ私ステージ立つの好きだったんだなと思い出した。
 
しかしその自動操縦モードで、全然わかってないお客さんたちの顔が見えて、ああこんなに冷静に客の顔見れるようになったんだ私は、前は全然見れなかったのに、と感慨にふけりつつも、くっそと思って、伝われ伝われって念じたけど伝わってなくて、こんなに伝わんないのかと思って、ステージ降りて、でも意外と迫力があったとか声が良かったとか言われて、でも私はどうしてもテキストのオチが伝わっていないと嫌で「今日は全然ダメだった」と言って撥ね付けてしまったけど、でも、その、読まれる文字以外のものが伝わったってことでもいいのかなって思えたのは家についてからだった。そうライヴは「生きてる」って伝わるのが一番で、意味より強度、めっちゃ「生きてる」感を出した奴が最強、って、ライヴハウスに散々行ってる自分は知ってたんだった。自分が強度を乗せられる言葉なら何でも良くて、意味は二の次だ。そういう意味で、私の朗読は、読まれる文字も、言う言い方も、改善の余地が大いにあるだろう。
 
ところでさ皆なんで口をそろえて「よくここ来るんですか」って言うの。別にいいじゃん何だって。聞きたいこと聞けよ。一番聞きたいことを聞かないと、会話はすぐ茶番に陥るぞ。皆一番言いたいこと言いに来たはずなのに、なんで嘘言うんだ? なんでそういうよく分からん序列伺いみたいな事を、変な裏声で聞いてくるんだ? 一番言いたいこと言ったらめっちゃ好かれるかめっちゃ嫌われるかのどちらかで、もうそれでいいはずなのにな。普通のコミュニケーションが面倒臭くて文字書いてるのにさ、あーあ面倒臭えー。と思って、喋りたい人とさえもろくに喋れずイライラして帰って、ああでも、壇上で言いたいことが言えれば、どーでもいー話もできるんじゃないか、この世のどーでもよさにも肩の力抜いて付き合えるんじゃないかって気づいたのは翌日だった。つまりこの世の沙汰は自分次第。