夜を越えたご褒美に

今度は大森靖子妊娠本(アルバム『TOKYO BLACK HOLE』のおまけの本)を読んでまた泣きそうになってしまった、今日は大森デーだ。生理はさっき来たからもう大丈夫だろう。

どうも好きな人を好きと思うことにブロックをかけてしまうタチみたいだ。照れるし怖い。自分の感情を持ってかれるのが怖い。でもちゃんと感情を出さないと感情のっぺらぼう、末期にはただの漠然と寂しいという感情に支配される人になってしまうから、感情は絶対に出したほうがいい。大森靖子ちゃんは、ファンのどんなキモい愛も受け止めてくれるっていう安心感があるから最高だ。

逆に、私のことを好きな人の愛を、受け止めるのも、私は下手だ。なんか、よくわからない。相互フォローが嫌いだという話をしたけど、なんか多分これと通じる。愛してほしいはずなのに愛しがいのない態度ばっかとって申し訳ない。

私の有名は 君の孤独のためにだけ光るよ

生理前だからか何だか知らないが、大森靖子ちゃんの歌を聴いて昼と夜、2回も泣いてしまった。

一度目は「TOKYO BLACK HOLE」の「君と僕 手をつなぎ たった一秒 生きのばす 同じ朝を 重ねてく」、

二度目は「マジックミラー」の「私の有名は 君の孤独のためにだけ光るよ」。

 

「たった一秒生きのばす」ような、摩擦力の激しい生き方をしてる人間が、「君の孤独のためだけに光る」ために、さらに摩擦力すさまじいメジャーの世界の矢面に立って活動してくれているのだ。

 

私は2011年から靖子ちゃんを観ており本人にも認知されている、はず、なのだが、

恥ずかしくて数年間チェキ会に行ってないので、「すっかり忘れられたんじゃないか」と思ってたら、

先日の大森靖子実験室ではがっつり覚えてくれてたことが判明し、感無量。

 

実はチェキ会に行かないのは恥ずかしいからじゃなくて、

一対一で会うと泣いちゃうからなのだ、と気づいた。

だから友達が一緒じゃないとチェキ会行けない。

2014年にも、ライブ中に客と握手しだした靖子ちゃんが私の手を握った時「あー久しぶり!」っていう顔をしてくれただけで泣いた。(その時のキモいブログはこちら

 

 

以下は作業

 

 

さしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそ

 

 

 

皿洗いながらしながら聞き流す そんな感じの歌じゃなかった

本気で聞いたら路でだって泣いてしまうんだ

好きだ と 近い と 多い は 全部違うんだ

君が遠くに行ってしまうより ダサくても近くにおいておきたかった

ボロボロにならないで/ガキに好かれないで/バカに見つからないで/クソリプなんか相手しないで

プロの撮ったアー写より僕の横であくびする君のほうが絶対かわいい

それでも戦うの それなら僕も僕の 戦いを戦う

ご武運を/五分後の/ご加護を/ごきげんよう/殺してよ/懲りねえよ/こっちを向かないで

 

ボロボロになっていく君に プレゼント 鎧か足枷

口から出まかせ/今夜はどこまで/朝まで/赤坂/墓に入るまで眠れない隣で

みんなが君に救われるけど 君は誰に救われるの

透けてきた 未来が 生きてきた 時代が

一秒を生きのばす 履きつぶすスニーカー

 

 

さしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそさしすせそ

 

 

老夫婦ってだけで美化すんな

マンホールから落ちたら知らないポケモン見つけた

女には わからないこの味は

そーなんだ っていうしかないから相談するな

ソープランド 行ってもお湯よりぬくい人肌は無いよ

女から 借りた金返さなくていいって

太宰が言ってた 社会は知ってた ダサい芝居/かなりヤバい/怖いくらい/パない未来

って言えるお前の狭い視界 いまいくらだい?  ホーミタイ と 殺したい

 

やっぱりね って言われた後だしじゃんけん

最初から 思ってた 絶対うまくいかないって知ってた

おんなじだ あの子は

がっかりだ 君には もっと分別あると思ってた

あんパンが 売れ残る夕方パン屋の半額シールを

はがした おでこに貼ってた気取ったキワモノ気取った

クズだと呪った 一人なら笑った 二人ならはまった 同じくらい 

狭い暗い 見境もない 前向きたい けどどっちが前かがわからない

 

コンパニオン は見つめるグラスが空いたらおかわりすすめる

ソマリア? 彼女は新聞読まないフリして笑う

そんなには 困ってないですお金はさみしいだけです

存在が 許されてるかを確かめたいから

言ってみたいんだあの子みたいに君の名前を呼んで、

「言ってみただけ」って。

ちょっと格好良すぎるネット用語

仕事の一環で、ここ10年ほどのネット用語を調べているのだが、

ちょっと格好良すぎて高まってしまうワードがいくつかあったので、紹介させていただくぜ。

 

 

■アバター

 

ポケモンGOを始める時にも、自分の分身の髪色とかで無駄に悩んだよね。

 

この「アバター」、元となる言葉はサンスクリット語のアヴァターラ(avataara अवतार)、

なんと「インド神話や仏教説話の文脈で『(神や仏の)化身』の意味」らしいじゃないか!!

 

ポケモンがむしろ八百万の神で、アバターは単なる自分の分身だと思ってたけど、

俺が神様だったのか。

 

となるとポケモン集めは、ノアの箱舟に乗せるためなのかもしれないね。

 

 

■サイバーコンドリア

 

「少しでも具合が悪くなると自分の健康状態に過度の不安を抱いてネット上にあるおびただしい数の医療情報を片っ端から検索し、重病と思い込むこと」を、言うらしい。

 

日本のネット民だったら「自己診厨」みたいな名前になりそうなこの症状も、カタカナにしてぐっとおしゃれに。

でもミトコンドリアっぽくてちょっとダサいのが惜しい

 

ちなみに私が好きなこの手の病名は、「ハイパーレクシア」です。日本語の「過読症」もかっこいいし、意味のかっこよさもバッチリ。

あとは病名じゃないけど「ホメオパシー」「トリアージ」。

トリアージは意味が切なすぎるので、知らないひとはぜひリンクを踏んでくれ。

 

 

■忘れられる権利

 

なんだかエアリスが死んだ街の名前を思い出すよ……

「忘れられる」というロマンチックな語に「権利」という法律用語がついてるのが大変エモい。

 

意味は「過去の犯罪歴やヌード写真などが、自分の名前を検索したときに検索エンジンにひっからないようにしてもらえる権利」だそうです。

なんだよ、語感の割に野暮な意味だな。

 

「ラブレターの文面を削除してほしい」とかだったら、語感に沿うかもしれない。

 

 

■悟り

 

なぜか、「男性が顔を隠して女装コスプレを行う行為」がそう呼ばれるらしい。

とあるウェブ日記で公開された、「メイド服を着用した男の首から下の写真」が発端となり、顔を隠した女装コスプレ写真をアップするのがムーヴメントになったらしいぞ。

 

ちょっと調べたけどなぜ「悟り」と呼ばれるかはよくわからなかった。

「あ! 自分の身体でオカズ作れるじゃん!」的な気づきを経て、他者の肉体が要らなくなることを「悟り」と呼んだのだろうか……?

 

私としては使い道は全くない言葉だが、グッとくるものがあった。

 

 

以上です。ノシ

女から借りた金は返さなくていい

大森靖子実験室でした。長い戦いもひとまず完済、すっきりだぜ。

 

言葉には「意味」と「強度」があり、

意味的に間違っている/意味不明/無意味だとしても、「強度」がひたすらに高い言葉というものがあり、

それらは、意味が支配する現実世界ではまったくの役立たずなのだが、

「強度」で勝負すべき詩や詞や文学の世界でこそ正しく輝く。

 

「女から借りた金は返さなくていい」も、

「バンドマンとは付き合うな」も、そうなのだった。

 

現実世界と、詩の世界の境目がつかないとヤバい奴になってしまう、確かに君は少々ヤバかった、でも我々なりの現実と、キラキラした世界との間の落としどころにたどりついたのが昨日だった。

 

他人に借りた恩は返したほうがいい、そして人は嫌いにならないほうがいい。

 

 

 

 

 

 

 

何言ってるかわからないよねー? 八丈島へ向かう船の中で聞いてくれ。

 

ふはははははははははは!!!!!!!!!!!!!!

 

 

チャットレディをやって良かったこと

拙著「チャット嬢をやってみた」の中に、

チャットレディをやって良かったこと2 性欲がソリッドになった」という文章があるのだが、

今書いてる原稿の中で加筆しつつもボツにしてしまったので、ここに貼っておくね。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

●チャットレディをやって良かったこと2 性欲がソリッドになった

 

何言ってるか分かんない? そーだよね〜笑

 

なんとなく、漠然と「ちやほやされたい」「誰かにギューッとして欲しい」「可愛いって褒めて欲しい」という欲望が常にあって、今まではそれに振り回されて、あまり面白くない男の子と遊んだり、メールしまくったりしてしまったのですが、それが無くなった。上記の欲求は全てチャットレディで満ちたからだ。(ギューッとは物理的に無理だけどね笑)

 

その分、性欲にくだらぬ人情が纏わりつかなくなり、ソリッドになった。

なんというか、「性欲」(異性と接触したい)と、「性的な承認欲求」(異性に可愛いと言ってほしい、性的に欲されたい)が、ごっちゃになっていたのが、ほどけたかんじだ。ほどけて、前者の輪郭がはっきりした。

 

輪郭がはっきりしたところでわかったのは、わたしは、純粋な性欲量は大したことなくて、それこそ月1回のオナニーとかで満たせば十分なんだなあということだった(というか月1回も要らないかもしれない)。

 

そして、後者は、チャットで金に換わった。

 

ラッキー! そして、私生活で「ちやほやされたい」「誰かにギューッとして欲しい」「可愛いって褒めて欲しい」ために(タダで)行っていたあらゆる無駄な行為が、デリートされるに至った。

 

くだらぬ性的承認欲求のために私生活を振り回されるのではなく、公生活(=仕事)で換金化して、本当に使いたいところに私生活を使える。これはかなりの進化だった。

 

 

ちなみに、チャットを辞めてから二年たった今ではまた考えが変わってきて、性的承認欲求を満たしながら金を稼ぐことにすら飽きた。茶番に感じ始めた。別に女の形をした人形として褒めてもらっても何ら嬉しくない(むしろ時にはウザい)、そんなことはいいからもっと精神的な面で認めてほしい。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

以上です。

若者言葉を調べてて感動したこと

またうっかり二日もブログ書かないでしまった。一日中予定があると忘れてしまうなあ。

 

 

 

 

さて、若者語で使われる、「普通に」。

「普通においしい」とかで使われる「普通に」のことだが、

若者である私は感覚的に意味は分かるのだがいざ「説明してみろ」と言われると難しい、

しかし大辞林の「普通に」の項がめちゃめちゃすっきりと言い当ててて良かった。スッと腑に落ちた。

 

 

「俗に、文脈や状況などから生じる前提なしに。

例えば屋台で料理をほめるとき、単に「おいしい」と言うと「屋台の割に」などの前提を含む場合がある。この場合「普通においしい」と言うと、一般の基準でおいしいことを表現できる」

 

それーーーーー!!!!!!!!!!!

 

 

だから「普通においしい? それって味が普通ってこと? けなしてるの?」と怒られると的外れなのだ。「君が真心こめて作ってくれた手料理、という心理的に高まるポイントがなくとも、普通においしい」つまりめちゃめちゃ褒めてるのだ。

 

「君が合コンに連れてきてくれる女友達、どんな子?」と聞かれて

「普通にかわいいよ」と答えたら、

「知り合い査定じゃなく、掛け値なしに普通にかわいいよ」って意味なのだ。

(ただしめっちゃめちゃ可愛いっていうわけじゃないかもしれない)

 

何かのイベント企画の会議中、他人の案にダメ出しするとき

「いやそれ、普通にダメでしょ」と言ったら、

「こういう客層のイベントなんだからそれはそぐわないでしょ、てか仮に普通の人の前でやるものだったとしてもそれは普通にダメでしょ」という意味なのだ。

 

 

平野啓一郎さんのブログもよかった。ちょっと古い記事なので本人は言及されても別に全然うれしくないと思うけど。

(そもそも「普通に」が取り沙汰されたのって普通にもう10年くらい前なのだ)

 

 

 

若者語を調べていて思うのは、私たちはなんて少ない語彙で普段の生活をしのいでいるんだ、ということだ。

 

 

大体、

気を遣う用語(何気に、普通に、空気読む)、

感情表現(あげあげ、おこ、てへぺろ、どや顔)、

カラオケやプリクラや飲み会など遊び用語(サシ飲み、徹カラ、チュープリなど。これによって逆に遊びのワンパターンさが浮き彫りになる)、

関係性用語(同中、タメ、元カレ、マブダチなど)

がほとんどなんじゃないだろうか。

 

あとは異性に関する用語(イケメン、草食系、非モテ)かなあ。

 

 

みんな、カラオケして飲んで恋愛の話して異性の見た目を査定して、気を使いながら生きてるんだなー

 

と思った。

 

 

 

ネット用語も意外とこの範疇におさまる気がする。

(おまいう、教えて君、ソースは? とか、独特の自己客観視を求める用語はあるけど、あーみんなおはようとおはありを言い合ってるんだな〜、と思ったんだ)。

 

 

 

私、意外と若者言葉を結構使うほうなんですよ、全然普通に。何気にもうすぐ30歳だったりするしいわゆる若者とかとはちょっと違うって思ってそういう系の人とかディスったりしがちなんですけどそれでも全然自分普通なんだなって思いましたね、意外と気使ってるんじゃん自分? みたいな。

 

 

 

 

そうだ、この若者用語を調べる中で、「こんな単語がこの世にあることに感動したんだ!!」と感動した言葉がひとつある。

 

「割り勘負け」

 

である。

 

「飲み会に行って割り勘にすると下呂が絶対に損をこく」という現象をたった六文字で鮮やかに表現してくれているのだ!!

 

今まで何度「それって私めっちゃ割り勘負けじゃんwww」

と言えばスマートに不満を表現することができた状況があったか。

 

この言葉があって良かった。この言葉を鋭意使用して自分の財布を、そして一般に大多数の人間が酒を飲みコミュニケーションの多くが酒場で醸成される現代日本において下呂だって金銭的心理的に気兼ねすることなく飲み会に参加できるという立場を、守っていこうではないか。

スカートとツイートは短いほうがいい

スカートとツイートは短いほうがいい。

 

なんか今日短いスカート履いてきちゃったなという日は、自分より短いスカートを履いた自分よりブスな女を見つけて安心します。安心安心多い日も安心、少ない日は不安です、客の話です。

 

客といえば、

知り合いのSMの女王様が言っていた。「この仕事は究極の接客業だから」。

 

「この仕事は究極の接客業だから」全く同じセリフを、介護士をしている友人も言っていた。

「この仕事は究極の接客業だ」全く同じセリフを、即興詩人も言っていた。

 

さて、あなたが一番接客されたいのはどなた?

 

ねえ私気づいたんですよ、その三つの仕事に共通するところ。

どの仕事も、人間の一番汚いところを見るか、あるいは、見せるんだ。

 

人間が一番反応するのは人間の顔だ、

だから私たちはどんなことがあっても、たとえ顔が身体の部位の中で一番汚いとしても、

自撮りアイコンで強く強く世界に立ち向かわなくてはならない。

 

 

孝行ブスめ!!

箱入りブスめ!!

モーニングブスめ!!

カントリーブスめ!!

 

 

おくちくちゅくちゅもんだみん / 「お前くちゅくちゅ♥」「もうダーリン♥」 / お前ブスブス don’t touch me

 

 

あなたが私にブスと言っても世界は変わらない。

あなたのバンドをつぶしてあげる、東京じゅうのライブハウスのオーナーと寝て。

そしてそのあと、東京じゅうの排水溝のふたを、ひとつなぎにして盗んできてあげる。

インターネットの悪口を言う奴は私が許さない

あるイベントの主催者が、イベントの終わった翌日、イベントの感想をつぶやくツイートを探し出しては一生懸命リツイートしていた。

それらによると、イベントは大盛り上がりで最高の出来だったらしくどの参加者も感動に震えて大絶賛していた。

しかし実際のところ、それらのツイートは出演者とその友人らによるものが大半で、

ツイートをしない、無言の純客たちに直接聞いたところ

 

「クソつまらなかった」

 

とのことだ。

 

 

よくある話だ。

 

 

 

 

「これだからネットは嫌なんだよ」

と、その話を聞いた者の一人が言った。

 

「仲間内で馴れ合って、褒め合い合戦、『良かったですー』『良かったですー』って、言い合って、バカみたいだ」と。

 

 

 

 

インターネットを墓場にしたやつはどこにいる?

 

先日、詩人大喜利大会にエントリしたら

「故郷はどこですか」

と聞かれた。

多分プロレスやMCバトルのように、名前と出身地を読み上げたいのだろう。

私の親は転勤族だったため、私には出身地という出身地がない。

一番長く住んだのは横浜だが、高校も大学も職場も東京にあったのでハマッ子としてのアイデンティティは皆無だ。

そんな私は気づいたらこう答えていた、

「インターネット」と。

 

それはその日私が答えたどの大喜利の回答よりも気の利いた答えだったと思う。

 

 

あなたの出身地はどちらですか?

あなたの出身地はどちらですか?

 

●●(あなたの出身地を入れてね)を気安くdisってはいけないように、

ネットを安易にdisるやつは私が許さない。

Disるなら本気でdisりに来い?!

私は知っている、「ネットの馴れ合いが嫌」と言う奴ほど、リアルで馴れ合っている。

ネットはただの道具だよ?!

ネットのせいにするなよ!!

たとえばここに●●人の人間がいる、多くが出演者だ。

おそらく終わった後に褒め合う、「よかったです」「よかったです」と。

良かったと思ったら良かったと思った分だけ良かったと言う、

それでいい、

ネットでも全く同じことをすればいい。

好きでもない奴にすり寄る奴はリアルでもネットでも同じことをするんだよ?!

リアルであればこの密室から漏れ出ることのなかった称賛のし合いが、

ネットだと関係のない他者に見えて、みっともない。

ただそれだけなんだってば。

 

多くの人間はリアルでもネットでもつまらないことしか話していない。

多くの人間はリアルでもネットでもつまらないことしか話していない。

つまらない人間にはリアルでもネットでも近づかなければいい。

馴れ合いたくないならリアルでもネットでも馴れ合わなきゃいい。

 

ネットをディストピアにしてるのは貴様自身なんだよ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

(そうだちなみに、私はネット上で「盛る」のは大いに結構だと思っている。都合のよいことだけリツイートして大いにハッタリかませばいい。リアルでだって、自分に都合のよい話だけ他人に吹聴するでしょ?)

 

 

 

私は、相互フォローという言葉が大嫌いだ。

私にとってインターネットは最高の居場所だった。

小学校のころから文章を書いていた、高校生になったらインターネットが普及した。テキストチャット、BBS、mixi、ブログ、Twitter、居場所は変わったけど共通してるのは、

 

私のこと全然知らない人が私の文章を読んでくれる!!!!!!

 

ということだった。

 

顔がブスだろうと、コミュ障だろうと、対面でうまく話せなかろうと、友達がいなかろうと、ただ面白い文章を書くということだけで、web拍手をくれた、コメントをくれた、ふぁぼってくれた、リツイートしてくれた、本を通販したいと申し出てくれた。

文字しか武器が無い私にとって文字を、文字のまま、好きなだけ、ものすごい速さで飛ばせるインターネットは最高の場所だった。

教室の中では、見た目が良くて声がでかくて、対面で緊張しない男女が主導権を握っていたけど、そうではないやり方で、

私は、私の世界をみんなに見せることができた。

 

 

 

でも最近、インターネットがちょっとキツい。

知らない人がただ文章が面白いというだけで私を追いかけてくれたり、私も全然知らない人をただ文章が面白いというだけで追いかけたりできる場所ではなくなりつつある。

 

「相互フォローお願いします」と言ってくるやつがウザい。

片思いフォローができることが最高に素晴らしいTwitterだったのに、クソフェイスブックチャンと同じ使い方をし始めるのかな君たちは?

 

顔も名前も何にも知らないけどただ文章が面白いというだけで何年間も一方的に見守っている、最高に愛着がある人たちばかりでそろえたTLに、ずけずけ入ってこれないっすよ?

 

もちろんネットは道具だから使い方は勝手だ。

相互フォローし合いたい奴はし合えばいいし、下の世代がそういう使い方してるのは知ってる。

 

でもそういう奴がリアルの悩みネットに持ち込んで、

「好きでもない人を付き合いでフォローするのつらい〜」「つまんないツイート見せられてつらい〜」「馴れ合いつらい〜」って、言ってるのはもちろん勝手だが、その輪に私を巻き込むな、そして、自分の欠点を棚に上げて、

 

インターネットの悪口いう奴は私が許さないからな?!!!

 

悪いのはネットじゃなくて、私の口でもなくて、悪いのは貴様自身だ。

 

 

 

二年前、チャットレディ体験記をインターネットに書いた

「東大卒のアラサーの女がネットでパンツ見せて女としての承認欲求を満たしてる」

的な感じで煽って、一晩で1万PVとった翌日、職場に出勤したら、総務課の上司に呼び出されて告げられた、

 

「あなたがネットに上げている、公序良俗に反する、この会社の社員としてふさわしくない行為を含む情報を、今すぐ削除しなさい」と。

 

 

要するに私に悪意をもつ人間が私のことを調べ上げ、職場をつきとめてチクリのメールを入れたのだ。

数日前に職場を辞めることが既に決まっていたし、文章で身を立てたいという私の思いも知っている上司はちっとも怒らず、むしろ私に同情し、こういった。

 

「ネットは怖いね」

 

違う。

私はこんな目に遭ったって声を大にしていう、

 

「ネットが怖いんじゃない、怖いのは他人の悪意だ」。

 

 

 

こんなことがあっても私は、インターネットで何万人もの人に文章を読んでもらえたことが嬉しかったし、職場を辞めるまで文章を非公開にしなくちゃいけないのが大変もどかしかった。

職場を辞めて晴れて無職になった4月1日より、すぐにチャットレディ体験記を再開した。

 

 

 

 

ネットをバカにするやつは、歴代のこういう奴らと一緒だ。

「ゲームをするとバカになる」

「テレビを観るとバカになる」

「本を読むとバカになる」

「カメラに撮られると魂を抜かれる」

 

「ネットの出会いは本当の出会いじゃない」「やっぱ顔を見て話さないと」だと?

今まで何人の友達をネットで作り、何人のファンに見つけてもらえたと思ってるんだ?

 

 

愛する愛する100人のフォローしてる人々、

そして、全然よく知らない人ばっかの1400人のフォロワーよ、おはよう、おやすみ、愛してる。

 

 

「インターネットは無限の可能性がある」「インターネットで革命がおこる」も、無論間違いだ。

ハッ、しょせん道具はただの道具、大いに酷使して、自己アピールに使いやがれ、自分をほめるツイートをリツイートしろ、ファンが多いように見せかけろよ。

 

辛いも死にたいもさみしいも彼氏欲しいも、眠いも眠れないも寝坊したも今日のご飯も、こんにちはもおはようもおやすみもどうぞよろしくも、全部貴様がすっ飛ばせばいいんだよ。私がすっ飛ばしてやるよ。インターネットはユートピアだ、少なくとも私がそうする限りにおいては。

朗魔2と、売れる方法

朗魔2

 

「詩の朗読」(ポエトリーリーディング)なんてダセえ、退屈だ、という先行イメージを全部覆すイベントだった。

こんなことこんなことを書いてた私がバカに見える。

真の朗読なら5分だろうと15分だろうと集中力を途切れさすことなく聞かせられるし音楽にも勝ってる。

 

良い朗読を見たおかげで、自分のダメさもわかったしお手本にしたい人もたくさん見つかった。ぶっちゃけ私は朗読を甘く見ていた。

 

そしてやはり真の詩は即興なのだろうなと思った。即興詩人というイディオムがあるようにね。

そうするとバチッとテキストを組んでステージに臨む私はちょっと違うのかな、やはり紙の上だけで勝負したほうがいいんじゃないかな、という気もしてくる。

それか普段の技を封じて別フィールドの戦いの場として割り切るか……。

なんにせよ攻撃力が足りない。

 

さて、こんなに素晴らしい演者がそろった神イベントなのに動員が数十(オープンマイクにも出なかった純客は果たして何人だったのだろうか)というのは本当にせつない、みんな全然食えてないなんて悲しい、という話を、深夜の渋谷の公園で食えてるアーティストの方をまじえて話した。

めちゃめちゃ努力だし、自分の宣伝部長を自分でやらなきゃいけないし、それと並行して自分の表現活動もブラッシュアップしなきゃいけないし、普通に二人分(以上?)の馬力が要る。しかし会社員との二足の草鞋とどっちが辛いか。必要なのは才能ではなく覚悟、とのことだ。

 

 

詩の人に会うと「自分は文章がやりたいんで」って逃げるし、

小説の人に会うと「自分はエッセイで世に出るんで」って逃げるし、

私本当ズルいな。

 

月20本ライヴに出たり、イベントを企画するかわりに、

物書きとして何をしたらいいんだろう? わからない。

 

 

ちなみに私が昨日読んだのはこれ

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

「シーンを作る」という言葉がある。

自分のバンドだけで延々ブッキングライヴに出てても意味ない、自分たちでイベント企画してイケてるバンド呼んで群れで目立ってのしあがっていこうぜ的な趣旨なんだと思う(よくわからない)

オワリカラ、SuiseiNoboAz(3人体制)、太平洋不知火楽団、FarFranceなどがバリバリ活動してた頃、一緒にイベントとかコンピCDとか作ってたTOKYO NEW WAVEというものがあったな。

 

あとは「コラボ」ってやりかたもあるみたいだ。

大森靖子ちゃんはアイドルと対バンしたり、服を作ったり詩を書いたりしてる異分野の女子カルチャーの同志とタッグをくんだり、してる。それはインディーズの時からしてる。

こうすることによって、音楽聞かない人に対してもアプローチできるし、コラボ相手のファンをゲットすることもできる。

 

じゃあ、私と同世代で、テイストが似てて、ほどよく無名で、一緒に組んでくれそうなイケてる物書き(あるいは絵描き、デザイナー、音楽家など)とかいるかなあーと思った時に、

ぱっと思いつく人がいないのだった。

 

ほんと広く浅いはずの交友関係がまじで広く浅いだけで、やみくもでめちゃくちゃだったんだなあと反省する、

というのは嘘で、

真の反省は

「全然ひとに興味もててねえな自分」ということだった。

よく調べずに「自分が一番自分が一番」と思ってるのは本当ださいなー。

 

売れてる人はよく動くしちゃんと調べるし攻めてるし愛を配ってるし頭も下げてる。

 

 

私は、物書きの中では「よく動く」ほうだという自負があった。

ネットにチャットレディ体験記を載せるというえげつない方法を駆使してテキスト投稿サイト「CRUNCH MAGAZINE」で一位になったし。そこの文学賞で最終候補にもなった。

あと文学フリマでは派手な装丁とタイトルの本を作って、文学フリマという中ではかなり売ってる自信がある。

Twitterのフォロワーも結構いる。

 

「自分で餌を巻いて、食いついてくる人を待つ」スタイルはできてるつもりだったが、

それでがっぷり食いついてくれる人っていなかった(ファンはたくさんできたありがとう、でも今探してるのは同志)

 

 

 

 

 

 

あ、もうひとつ思いだした。

「見初めてもらう」というやり方がある。

すでに地位を築いてる人に「お前は才能がある」と認定してもらい、階段の上から手を差し伸べてもらうのだ。

ただこれは狙ってやるといやらしい(し狙って出来るものでもなかろう)。

やはりよく動く調べる攻める愛を配る頭を下げるに終始する。

 

 

あーもうつらいよ疲れたよ一人じゃがんばれないよ、彼氏より五億倍作るのが難しいのが同志とプロデューサーだろう。

 

人に興味持てないし愛想も足りない、攻撃力も足りない。

どこを強化するのが一番早いんだろうか。死死死死死

みんな受け入れられたがっている

合コンをテーマにした番組をみていたら、前半戦終了後に司会が合コンメンバーにカメラを向けて「今のところどの人が気になっていますか?」と聞いていた。

ひとりの名前をあげて、気になる理由を問われたら皆「受け入れてくれそうだから」と答えていた。

皆そう答えていた。皆受け入れてほしいんだなって思った。

皆バカじゃねえのって思ったけど、私も似たようなシチュエーションになった時に、同じことを言っていた。

皆受け入れてほしいんだ。

 

受け入れてくれそうな人は皆のことを受け入れるぞ? 自分だけを受け入れてくれそうで自分以外の人を受け入れない人を探すのは難しいぞ。それは少女漫画に出てくる男子だな。

 

受け入れられたいけど受け入れてもらうだけじゃどうせすぐ不満になって面白い返ししろよとか省略後多くてもツーカーでわかれよとか文句を言いだす。だってそーじゃなきゃ親に不満持つわけ無い。最高の受け入れ存在にさ。

 

同じこというのが超嫌だ。

毎回違う話したい。たとえ相手にとって初耳でも私にとって二回目以降だから出身地も酒強い弱いも話したくない。

先日の飲み会は久々の仲間の集いだったにも関わらず「久しぶり」とも「今何してるの」とも聞かれなかった。遅れて来たら「今大事な話してるから」とあしらわれキリの良いところで「今日生理?」と聞かれた。

私をディスるなら「恥部触れい」か「乳房割れ目」が妥当だと思うがまさかの「未洗浄のオナホール」と呼ばれた。もう人格すらはく奪されアイデンティティは穴だ。最低だけど最高だ。(確かにその場で紅一点だった)

私さ挨拶も嫌いなんだ。

君の今日に合う最高の挨拶をオーダーメイドで送りたいよね。

血に飢えてるの?

 

私の音楽は一拍子だしリフレインもなく全部サビだし多分ね音楽ができない理由は同じこと二回やりたくないからだよ詩も全部新作、ほんとは即興にしたい。