女が女装のハウツー本を読むと面白い

 小説の仕込みがてら、「女装のハウツー本」を読んでいる。

 

 

私、シブサワレイは女なんだけど、女が読むとこれがまた面白いんだわ!

 

 

彼らは(当然)、女物の服を着てロン毛のヅラをつけて女並みのメイクをしただけじゃ女にはなれなくて、尻やおっぱいにシリコンを詰めたり、舞台化粧用の分厚いファンデを塗りたくったり、赤い口紅をあごにつけて髭の青みを相殺したり(補色!!)して、やっと女になれるんだよ!! なか、もう! ちゃんちゃらおかしい! こっけい! うける! けなげ! かわいい! 好き! ……ってなる。

 

 

そしてそうやって萌えると同時に、なんか、こういった類の本を読んでいると、デフォルトで女の身体を持っている自分がすごく尊い気がして、自信が湧いてくるんですよ……! 世の女子のみなさん、己の女子力の低さに落ち込んだ時は女装ハウツー本を読むといいですよ、救われますよ笑

 

 

しかしこうやって改めてリストアップしてみると、女の必修科目って驚くほど沢山あるんだなあって思うよ。ストッキングの履き方とか、わざわざ指南されているということは、適当に履いて破いちゃう人が多いってことだよね。あと「スカートのファスナーは左か後ろにきます。タグを見れば分かります」とか。そうか、言わないと分かんないのか、そうか……笑

 

 

それから女子の私が女装本を読むと、意外と知らなった女体の構造を知ったりして、タメになります。「鏡に真正面に立った時、女性は肩幅よりヒップの方が少しだけ幅広」とかね。即鏡を見て「あ、ほんとだ〜」ってなったからね笑 ウエストの最細部も、男性と女性では高さが違ったり。あと男性は眉骨が出てるから前髪のあるウィッグで隠した方がいいんだって。あと頬骨がへこんでるから意識的にハイライトなりチークを入れないといけないとか……。ほおお男と女で顔の造りもそんなに違うのか……確かに男顔、女顔ってあるもんな〜

 

 

勉強になるなあ〜!

 

 

ああ面白い、わたしも女装したい! ケツにタオル詰めたりしてみたい!! 

 

 

……って思ったんだけど私は女なので女装出来ないんだった。

というわけで女装させてくれる男性をもりもりと募集しています。さすがに知人限定ですが笑

 

 

まあ別に女装した男子が好きとか素晴らしい完成品を作りたいとかそう言うんじゃなくて、女装させる過程や完成した女装男子を見た時の自分の気分が知りたいのである(けっきょく自分大好き!)

 

 

 

とりあえず今宵は「ペニストッキング」という単語の破壊力に爆笑したので、

興味のある人はamazonで検索してみてね☆



【オマケ】

きょう読んだ本(どっちも面白かった)

『煌! 男の娘塾』わだぺん。・ミリオン出版・2013年(マンガ)

『化粧男子 男と女、人生を2倍楽しむ方法』井上魅夜・大田出版・2012年(エッセイ)

ネタです

 もう一ヵ月以上前だけど、日本禁煙学会の「風立ちぬ」に対する要望書には

もちろん「ありゃりゃこりゃあ」と思ったわけです。

 

しかし一番「ありゃりゃこりゃ」と思ったのは内容自体ではなく

(当然内容もアレだったわけだが)、

「ガチでバトッて勝てると思ってるのかこいつらは、バカだなあ」

ということであった。

 

喫煙シーンが入っている映画は数多くあるし、それに対して「喫煙シーンを控え目にしろ」という要望書を出すことは可能だけれど、だからと言って全ての映画にそれを強いるのはNPO団体でしかない日本禁煙学会にとって不可能だし、たとえ仮にこの学会の夢が叶って政府の力で喫煙シーンの入った映画は規制され20歳以上しか観れないことになったとしても、だからと言って喫煙への憧れは止まないのである。だって喫煙は「悪っぽいから格好良い」のであって、そうやって規制されればされるほどどんどん悪っぽいポイントが上がっていくだけなんだから。ポルノと一緒である。こんなことは私が書かなくてもみんな知ってるだろうから割愛

 

で、「ガチでバト」るのが上記の方法だとしたら、

別な方法で問題提起するしかないのである。

 

私はタバコを吸わないし「風立ちぬ」観て別にそんなに良いとも思わなかったけど、

仮に私がヘビースモーカーで、「風立ちぬ」ベタ褒め人間だったとして、

「日本禁煙学会に何か仕返ししないと気が済まん!」と思い立ったとしたら、

けっして日本禁煙学会に「貴学会の要望書に対する意見書」みたいなのを

送りつけてガチバトルなんてしないね

 

むしろ「日本嫁が旦那の服畳むのなんかあり得ない学会」とか「日本夜空を見ると目が良くなるなんてありえない学会」とか「日本運命の再会ロマンなんかあり得ない学会」とかいうダミー学会を作りまくって、それぞれジブリに要求書を送りつけまくって日本禁煙学会の要望書を相対化してやるっ!

 

(ちなみに「風立ちぬ」は古き良き男尊女卑を描くシーンや、飛行機に乗りたい幼い主人公が夜に屋根に登って星を見て視力回復をはかるシーンや、少年の頃出会ったヒロインに都合よく運命の再開を果たすシーンなどがあります)

 

この映画のせいで、「運命の再会はきっとある!」と思い込んで婚期を逃す妙齢の男女が量産されてしまったらどうするんですか?! まったく!!!!!!

 

 

で、なんでこんなことを考えたかというと、

ChimPom著「芸術実行犯」を読んで、

「ゼウス」というフランスの団体の

「ヴィジュアル・キッドナッピング」というものを知ったから。

 

ChimPomについては安心して「ちんぽむ」と発音してください)

 

ビルの上とかにあるでっかい看板に描いてあった8m大の女性モデルを切り抜き(!)、

「誘拐」し、広告を出した会社に「身代金」を要求した「事件」(?)をやったらしい

 

(驚くことにその会社は身代金を払ったそうです!!)

 

広告が溢れてる社会や、巨大な資本が支配している社会の構造にアンチテーゼを唱えたいとしても、それってめちゃめちゃ難しいことだ。多分ゼウス自身もそれは気付いていて、だからこそ社会を変えようと直接的な行動(ガチバトル)をとるのではなく、「広告が溢れる世の中で、大会社に支配されてる現状は仕方無いにしても、何かその息苦しさを訴えかけたり、世の人にものを考えるきっかけを作れたらいいな」と思い立ったゼウスも、「まあこっちにゃ金があるからデカい広告出すのは何も悪いことじゃないけど、確かに広告ってウザいし、八つ当たりされても仕方無いよな。まあこの程度のイタズラ大目に見てやろうじゃないか。その方がこっちの株も上がるしな。ふふふん」って身代金支払いに応じた会社側も素晴らしいね なんかもう絶対日本じゃありえないことなんだろうけどさ。

 

 

 

なんかもう逆に、堀越二郎が一度に20本くらいタバコを口に突っ込んでガッパガッパ吸いまくるMADでも作って、日本禁煙学会に「めちゃめちゃタバコ吸いたくなくなる映画作りました!! 使って下さい!」って言って送りつけたらどうかしらね。まあそんなジョークを解する奴らじゃないだろうがな。

中間報告

 おヒャッホウ! レイシブサワだよ〜

9月1日から始めた「ブログ毎日書く月間(ただし週1で休みを認める)」も
今日でちょうど半月になりました。

一日200〜400のアクセスがあるのですが(多いのか少ないのかは不明)、
コメントも一件もつかないし、
リアクションと言えば知人のリプライの「脇の話が面白かった!」くらいですが
(なので調子に乗って脇続編も書いた)、
後半もしつこくいやらしく続けていきたいと思います。

何かものを続けるときのコツとしては、
第一に、出来るだけルールを緩くしてとにかく続くことを第一目標にすることですね。
「週1で休みを認める」とか
「字数は自由」とか
「深夜0時を過ぎてもその日に書いたことにして可」とか
「週2回休んじゃっても次の日に2件書けば可」とか
「クオリティのバラツキに目をつぶる」とかね 

第二に、周りに公言することだね
「私今月毎日ブログ書くから!」ってTwitterに速攻で書いちゃったので、
やめれないんですよ。意地っ張りな人ほど有効。わたしにはウルトラ有効。

実はこの記事もそうです。

……こんなに偉そうに「ものを続けるコツ」を説いておきながら、
私がブログ書き続けられなかったらマジで格好つかないわけですよ!!!!!



いえーい!



さてさてそんなシブサワですが、数日前突如
「10月末締め切りの群像新人賞に出したいなあ……」
と思い立ってしまいました。

2年連続で出してる文藝賞(去年は「音楽の花嫁」が二次通過までいった。今年のは選考待ち)には、今年も必ず出したいのだけれど、あれは3月末締め切りだから、まだ7ヶ月あるわけだ。7ヶ月後に一個目標があるだけじゃあ、たるんでしまう。

とはいえまだ、群像も文藝も、何を書くかはまったくもってノープラン。
まあ100枚〜150枚であれば、うまくいけば一月半で書きあげられるかもしれないと思っている。
(ちなみに「音楽の花嫁」は構想半年、執筆6週間だった。長いと時間がかかる)

どっちにしろ群像の上限は250枚だから、あんまし長いのは出せないのだ。
(ちなみに文藝賞の上限は400枚で、「音楽の花嫁」は300枚)

「枚」というのは400字詰め原稿用紙換算の枚数のことです。

10月末締め切りの群像に間に合わなかったり枚数が合わなかったりしたら、12月10日締め切りの太宰治新人賞(大好きな津村記久子さんがとった賞だ!!)に出せばいいし、それも間に合わなかったら3月末の新潮に出せばいいよね

つまりとにかく、3月末までに2本書きたいなあと思っている。


んんん、なんで普段、小説家っぽい発言を極度に抑制している私が今日はこんなに小説家くさいことをべらべら喋ったのかな??


そう、それは「周囲に公言して後にひけなくするため」です!!!!!



いえーい!
というわけで10月末まではおこもりモードになるので、
くれぐれも人狼会に誘わないでください。

やっぱり指原莉乃

小さい頃はケーキ屋になりたいとかピザ屋になりたいとか何の屈託もなく望めたものだけれど、だんだんみんな脱落してって、実際に本当にケーキ屋になる人はほんのちょっとだ

 

「ケーキが好きだからケーキ屋になる」

それはめちゃめちゃシンプルでストレートで揺るぎない一本芯であって、素晴らしいのだけれど、なんでじゃあ今、めちゃめちゃケーキ大好きな私がケーキ屋にならないかというと、それは「稼げないから」でも「社会的地位が低いから」でも「自営業怖いから」でもない。


「ケーキ屋を好きな人間が好きじゃないから」である。

 

つまり、私のケーキ屋が大人気になったとして、わざわざグルメ誌をチェックしてはるばる買いに来る人や詳細なレポを食べログにupする人や、「このケーキ屋さんは私がこの町に念願の一戸建てを建てて越してきたときからここにあって、おチビたちの誕生日ケーキもいつもここだったし、上の子の結婚式を挙げた時もここのケーキでパーティしたのよ」なんて自分史に組み込んできたりする人の気持ちが皆目分からないだろうし、絶対仲良くなれない。あんま近付きたくない。

 

ましてや「落ち込んだ時はいつもここのケーキを買ったし、頑張った時の自分へのご褒美もここのケーキでした。私を支えてくれたのはいつもこのケーキ!」とかっつってアイデンティティの一部に組み込まれた日にゃあ、たまんない! 絶対やだ! 気持ち悪い! 私、絶対ケーキ屋にならない!! と思う。考えただけで鳥肌が立つわ。

 

 

対して、今私のなりたい職業ランキング第一位は小説家なわけだけど(今というか小学生の時から変わってないけど)。

 

わざわざ書評や文芸誌をチェックして私の本を購入したりブクログや読書メーターに詳細なレビューをつけたり「渋澤怜の本で人生が変わりました!」「この本は私のバイブルです!」とか言って自分史に組み込んでくる人がぽこぽこ現れるとしたら、それはかなりウェルカムだし結構うれしい。がんがんそうなってほしい。(自分大好き)

 

ケーキはだめで、本はウェルカム。

 

それは私自身がめちゃめちゃ読書好きで読書日記もつけるし人生のバイブル的な小説も持っているからだろう。私のファンのことは、同じ人種だと思っているから、そういう人に褒められたら嬉しい。でも食べログ無双(? なんていうのそういう人?)やはるばる車で二時間かけてやって来るグルメ廃人(?)や食べ物アイデンティティ人間(?)は、私はさっぱり理解できないので、もしそういう人にモテモテになっても全然嬉しくないし、ちょっと怖い

 

 

さて、アイドルである。(!!!!!)

 

『アイドルはファンに対してどういう気持ちを持っているのか?』

これはアイドルのことを考える際の永遠の一大テーマである。

 

会ったこともない、まだ年端もいかない娘に惚れこみコンサートに通いグッズを買いまくり「○○推し」であることを自分のアイデンティティに組み込み「○○は俺の嫁!」と宣言してはそのアイデンティティを強化しつづける、大体において自分よりはるかに年上の、大体においてキモいオッサンである人達のことを、アイドル達は、どう思っているんだろう。

 

(もちろんメジャーになったらいろんな層のファンがつくだろうけど、少なくとも売れてない時はそういうファンばっかりだろうし、売れてもコンサートに来てくれるほどのファンは大体こんな感じだろう)

 

「全然好きになれない人に褒められても嬉しくない! 何考えてるか分かんない! 怖い!」とはならないんだろうか。


「キモい! けどもっと金貢げ! 応援しろ! 私を押し上げてけよ!」と思ってるんだろうか……。

 

商売において、「売る商品が好き」も大事だけど、「売る相手(客)が好き」も同じくらい大事な気がするんだよなあ。どうなんだろう……。

 

 

やっぱり、指原莉乃型(自身がもともと熱狂的なアイドルファンだった)アイドルしか、信じられないないな。

「お父さんの服と一緒に洗濯しないで!」の話

 不思議の国ニッポンには変態がいっぱいいるわけなんだけど、

「好きな女の子のリコーダーをぺろぺろしたい」とか
「座ってた椅子をはふはふしたい」とか
「脱ぎ捨てたブルマーくんかくんかしたい」っていう人は一体なんなんだろうね。
私全然わかんないわ。

まあブルマーとリコーダーなら好きな子の細胞とかフェロモンが
残ってるかもしれないから
動物的な意味で分からなくもないけど(いや分かんないけど)、
さすがに椅子は何も残ってないだろう。
それこそ「記念」的な意味しかないよなあ

知り合いの男子で、
「たまたま手に入れた、好きな女の子の手書きメモを使って毎日オナニーしてた」
っていう子がいるけど、それはさすがに……どうなんだろうか……
それ、あると無いとで何か変わるのか?
「記念」ていう概念的な何かからオナニーっていうフィジカルな部分に
どう飛翔するのやら。ミステリーである

記念と言えば、好きな芸能人に会った時に
「記念にサインしてください」「握手してください」っていうアレも、
意味分かんないよなあ。
サインなんてどうせ持て余して引っ越しの時に捨てるだろ。
握手に至っては、初対面の人にいきなり頼むのも失礼だし、
無名の一般人と握手させられる芸能人の立場にもなってくれたまえ、と思ってしまうなあ


こういう、
特定の誰かの身体の痕跡にやたらと価値を見出してしまうことがあるのと同時に、
特定の誰かの身体の痕跡をやたらと毛嫌いしてしまうケースもあるんだよね。

代表的なのが
「お父さんの後のお風呂入るのやだ!」「お父さんの服と一緒に洗濯しないで!」。

これ、わたし両方とも経てないのですが、中年男性の入った後の風呂は濁るのか? 弟はOKで父はNGなのか? そして自分は汚くないのか? 何を言ってるんだ小娘? 調子乗ってんじゃないか? ん? と思ってしまい、まったく腑に落ちないのだよねえ

まあ、動物って「自分と似た遺伝子を持った人間の臭いは好かない」という習性があるらしく、それにより近親者同士の交配を避けて遺伝子の多様性を保ってるらしいから、お父さんを異様に臭く感じる娘というのは至極まっとうなんだろうけどね。


まあ上述の例はともかくとして、ほかには、
ドラッグストアでペットボトルの水とトイレ用洗剤を買った時、
レジ袋をふたつに分けてもらうとかね。
どっちも工場で作って運ばれてきた未使用品なんだから、
ペットボトルの水だろうがトイレ用洗剤だろうが綺麗さは変わらないんだけど、
どうやらトイレ用洗剤の方が「汚い」と思うらしい。

私はドラッグストアのレジ打ちをしたことがあるので、いつも
「お高く止まってるんじゃねーよクソが。貴様の手の方が五億倍汚ねえよ」
と思いながら
「袋お分けしますか?」
と聞いていました。



もし、
「お父さんの服と一緒に洗濯しないで!」と叫ぶ娘がこの世からいなくなったら、
下着泥棒もこの世から絶滅すると思う。

だって両者は表裏一体だもの


だから若い娘さんたち、お父さんの服と一緒に洗濯しよう!! 
自分の下着を守るために!!(?)

シグムント・フロイトもお手上げさ

小さい頃は「うんちー!!」とか言いながらリビングでパンツまで脱いでトイレへ爆走していたなあ、と思い出す


多分その「天然」期(うんちの欲求や快楽をストレートに表現)から、

「からかい」期(大人が大小便の欲求や排泄器・生殖器関連のことを露骨に言わないということを学び、だからこそわざと「うんこ! ちんこ!」と連呼し軽いタブー破りの気分を味わい楽しくて仕方無い)、

それから「むっつり」期(普通に隠す)、

そして「アラサー」期(いろいろ経て「セックスしてー!!」とか言えるようになる)が訪れるとしたら、

わたしは完全にアラサー期の豊穣さを享受しまくってるなあと思う 




なんで、トイレとセックスは外来語なの? 大事なことなのに。

「かわや」と「まぐわい」を推奨したい。
あと、彼氏とか彼女とか言わずに「つがい」と言いたい。こんなこと書いたけどさ。


そのまま言えばいい

 私は今でも口が悪いが、

高校生の頃は今とは比べようもないほど口が悪く、気も利かない、言葉の足りない子供だった。

 

今でもたまに思い出しては悪かったなあと思うのが、高校三年生の時、学校の教室で、同じ塾に通う友達数人と塾の先生のくだらない話で盛り上がっていた時に、その塾に通っていない谷口という女の子が「なになに?」と近寄って来た時に、私が言い放った

 

「谷口には関係ない話をしている」

 

という言葉だ。

 

 

谷口は、クラスメイトの女子数人が談笑しているところに「なになに?」と首を突っ込んでくるくらいだから、「私クラスの中心人物なのよ」ぶってるところが私は以前から気にくわなかったのだが、その時は、学校で塾の話をしているというのもアレだし、うしろめたさというか良くない内輪感を醸し出しているのも自覚していたので、

 

「ごめんね、谷口が知らない塾の先生の口調とか仕草が面白いっていう、本人を見たこと無いと全然面白くない話をしてるから解説してもつまんないんだ。だから気にしないで」

 

という旨を端的に伝えようとして私は、こう言ってしまったのだ、

 

「谷口には関係ない話をしている」と。

 

 

その後谷口は口をとがらせて「ぷっくー」とか言ってどっかに行ってしまった(そういう、可愛くないくせにすぐぶりっこみたいな仕草するところも全部気に食わなかったのだが)。

 

 

今でもこの、些細な会話を一年に一回くらい思い出しては、こう思うんだ、「そのまま言えば良かった」。「ごめんね、谷口が知らない塾の先生の口調とか仕草が面白いっつう、本人を見たこと無いと全然面白くない話をしてるから解説してもつまんないんだ。だから気にしないで」と言えば良かったと。

 

 

同じ気持ちを味わったことが、最近二度ある。

 

ひとつは、美容院。

いつも「今日はどうします?」と聞かれた時、

 

「あー前切ってもらった感じがすごく気に入ってるんで、普通に伸びた分だけ切って欲しいというか、現状維持っていうか、あ、でも切るなって意味じゃなくて、それだったら美容院来ないしね、つまり一ヵ月前に戻して欲しいです」

 

という想いをうまく伝えられず、

 

「えりあしはこれくらいで前下がりであんまり段はつけないボブで……」

 

と逐一説明しては前回とビミョーに違う仕上がりになって不満・でも自分が悪いと思ってたのだが、気付いた。そのまま言えば良かったんだわ、「普通に伸びだ分だけ切って欲しい」と。

 

 

あともうひとつ。

人と会話してる時、しばしばいますよね、

 

「怒ってる?」

 

って聞いてくる奴。

 

「いや、全然怒ってなかったけど今この瞬間に怒り始めたわ。そのおどおどした様子! てか、私が怒っているか怒ってないかに関わらず悪いと思ったら謝るべきだし悪いと思わないならそう主張しろよ! 私の顔色をうかがうなよ! てかそんなチンケなことで怒る人間だと思われたことが不快だわ。わたしはもっと理性的な人間だ、ナメトンカ!!」

 

と思うんだけど、これが上手く伝えられなくて、

 

「いや、怒ってないけど、別に……」

 

と言ってしまい、

 

「ほら、やっぱ怒ってる」

 

「怒ってねーし!!」

 

という会話になってしまい、結局「怒ってる」ことになってしまうのがものすごく悔しかった。

 

でもね、言えば良かったんだよ、全文そのまま。




 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

各項目について、

もっと良い言い方を募集しております。

アイドルと毛

 アイドルを観るたびいつも思うのだが、

アイドルは脇毛の処理をどうしてるんだろうか。

 

いや、どうしてるっていうか、テレビでノースリーブの脇が大写しになることもあるから

自己処理じゃ間に合わないだろうから脱毛サロンに行ってると思うんだけど、

その代金は事務所が払ってくれてるんだろうか。

それとも自腹なのだろうか……?

 

 

という問いをTwitterで呟いてみたら、

「もちろん自腹ですよ! 

『君くらいのルックスでトュルットュルの子なんて腐るほどいるんだからな!』

的な脅し文句があるらしいですよ」

という旨のリプライが来て、ギャー!! ってなってしまった。


さらに別の方からは

「グラビアの水着も基本自腹らしいですよ」

と教えて頂きギョギョギョー!? ってなった。

 

なんだか、昔の遊郭っぽいシステムが敷かれてたらすごく嫌である。

衣装代も何もかも経費は、置屋に対する本人の「ツケ」で、

働いてツケを返さないとそもそも仕事を辞めることも出来ない……みたいな。

ゾゾゾーッとするわ!

 

 

それともうひとつ疑問があるんだけど、アイドルって勝手に髪切っていいのかな。

いや、日頃のこまごましたヘアカットは撮影の時にヘアメイクさんが楽屋でやってくれるんだろうけど、カラーとかパーマとかトリートメントは美容院でやらないといけないじゃんその時に、本人が、事務所に言わずにヘアチェンジを決めちゃってもいいのかな。

 

髪型って、売り出し方にモロに影響がある部分だし、例えばドラマで獲得できる役どころにも関係あるだろうし、メンバー内で誰とかぶる/かぶらないもあるだろうから、

勝手に変えちゃいけないんだろうなあと思ってたんだけど。

でも、昔テレビ番組で

「夏だし暑いから切っちゃいました!」

って、しおりんがあっけらかんと言ってたんだよねえ……

 

 

そしてもし、「アイドルは事務所に無許可で髪形を変えてはならない」としたら、

あの、恋愛スキャンダルが発覚して「誰にも相談せずに」坊主にした峯岸みなみさんのあの行為は。また別な意味で、衝撃的なことだったのかもしれないね………………

 

 

とにかくアイドルの身体がどこまで管理されているのか? どこまで本人の意思のもとにあるのか? ということはとっても興味深いテーマです。

 

AKBとか「恋愛禁止」とか言ってるけど、セックスまでは禁止してないって信じてるからな! だってこじはる、ananのセックス特集出てたし! 愛の無いセックスは禁じられてないって信じてるからな!

 

だって、そうでなきゃ日本全国数百名の乙女が所属する巨大大奥が、この現代日本にのさばってることになるんだよ。遊郭どころじゃないわ。

 

 

脇毛と言えば2本おまけ。

 

ある男友達が、

「バイト先の店長に理不尽なことを言われてむしゃくしゃして脇毛全部剃っちゃった」

って言ってて爆笑した

 

 

あと、私の弟は

「制汗剤と間違えてヘアスプレーを脇に吹き付けてしまった。危うくうっかり脇毛がバリバリに固まるところだった」

と言っててこれまた爆笑した

 

さあ、男の子も始めよう! 脇毛スタイリング♪ 脇毛で自己表現〜♪

性器の遷都先

 先日、性器はなぜここについてるんだという記事を書いたけど。

性器ってなんでこんな、自分の完全なる死角についてるんだろう、手入れがしにくいわい、とも思うんだけど、だからこそ秘められた感じというかまさしく秘所っつうかミステリーな感じがして、人間の文化の複雑さ高尚さバリエーションの豊かさに貢献して来たのかなあとも思うんだけど。

で、脇の下も「自分の死角」という要件を満たしてるから、「別にここに性器がついててもおかしくないんじゃん?!」という話をしたんだけど、今日はさらに、

・足の裏
・つむじ

という候補先も提示したいと思う。


足の裏に関しては、中国のかの有名な「纏足」。

あれは、支配階級の女性=家事をやらなくていい女性=歩かなくてもいい女性ということをアピールするためにわざと歩けない身体改造をしてるんだとか、夫が妻の浮気防止のために妻を外出しにくくしてるんだとか、ハイヒールと一緒で爪先歩きはセクシーに映るからだとか、足が小さい女性は性器も小さいという俗説からだとか、諸説あるのですが、中国の当時の男性らは、女性の纏足に激しい性的欲望を感じ、纏足すると出来る足の裏のくぼみを実際に性行為に使っていたそうです。というわけで有力な遷都候補だよね。足の裏くすぐったいしね。毛が生えてないという点は、脇の下、つむじに一歩劣るけど。

西洋人は人前で靴を脱ぐのをすごく恥ずかしく思うらしいし、
日本人の我々も「出先で靴を脱いで足がすごく臭かったらどうしよう?!?!」
とかこまごま悩むわけで、そのあたりも性器に対する心配と似てるよね。


次に、つむじ。

本人の完全なる死角に位置してるし、毛が生えてるところも高ポイント。

あと、今の社会でも、社会階級を表すことが多い「帽子」というものを人前で脱ぐという行為は、シンボリックな意味が生じがちなので、なんかちょっと転んだらエロチックな感じにもわりとすぐなりそうな気がする

あとなんか、つむじ押されると割とドキッとするし、相手の髪をくしゃくしゃするってのも仲睦まじい感じがする行為だからそのあたりも高ポイント。


あと今気付いたけど、性器といいながら完全に女性器のことしか考えてませんでした。
男性器は口の中にあれば、いろいろ一石二鳥で便利だと思います。勃起してもバレないし(←ここが最も改善すべきポイントだと思う。男女不平等すぎる)しかし舌噛んだだけであんなに痛いのに、もしそうなったら…………



全然関係ないけど、お尻の割れ目の始まるところ(しっぽ生えるところ)に指を突っ込んでから嗅ぐとめちゃめちゃ臭い。身体洗う時に忘れがち。気をつけよう



・・・・・・・・・・・・・・・
これからも、

「インテリジェンス! ハイテンション! 下品!」

の渋澤怜がお届けします。

こちらからはリア充が見えるが、リア充からはこちらは見えない

 本を売るイベントが開催される幕張メッセとか流通センターとかは
だいたい郊外にあるものなので、
ターミナル駅からそこへ向かう電車(モノレールとか)に乗ると、
空港に向かう人達と合流することになる

どちらもキャリーケースを転がしているという点では一緒だが、
かたや飛行機に乗ってこれから旅行に出かけようとしている人々、
かたや普段あまりお外に出ることが無い人々。
キャリーを転がしてる人間が、どっちに属するか、というのは、一瞬で見抜けるものだ

わたしなんかは、本を売りに行くイベントに参加するたび

「ちっ違うの! 違くないけど! 確かにあたしは本を売りに行くけど! そっちの人達と一緒にしないでよねっ!! むしろパッと見空港まで行きそうな感じでしょっ! 流通センターで降りる私を見てちょっとびっくりしなさいよねっ!!」

みたいな変な自意識を発動しつつ、普段より余計におしゃれをして背筋を伸ばしてその電車に臨むわけなのだが、

逆に、空港に向かう人達が、私達のことを

「あ〜本を売りに行く人達だ〜普段なかなか外に出ない人達だ〜飛行機に乗って海外なんか飛び出しちゃう私達と比べてその差は一目瞭然〜」

と思いながら見ているかというと、絶対にそういうことは無いのである。

こちら側は向こう側との違いを意識しているが、
向こう側はきっと、二者が合流していることにさえ気付いていないに違いないのだ。

「旅行にしてはなんか陰気な人が乗ってるな」とさえ思ってないに違いない。

ただ単に、キャリーケースを持ってる人がたくさんいて
「みんな空港に行くんだろうな」と思っているに違いないのである!!

ああ羨ましいな、その、幸せな前提。
「みんな自分と同じ」と無根拠に思えるその感じ。


『そうやって、いつでも「君たちも空港に行くのかい?」とさわやかに声をかけて私達を傷付け続けるがいいさ、無自覚にな!!!』

……と思いながら、モノレールに乗っています、いつも。



・・・・・・・・・・・・・・・・
明日は花金なので休むかもしれない。明後日には「リア充は説明が下手で話に具体性が無い、というのもみんな自分と一緒と思ってるからわざわざ説明する必要に迫られないんだよ」という話を書きます