あなたのバンドを潰してあげる 東京中のライヴハウスのオーナーと寝て

謎のエモみが余ってたので作中歌を作ったぜ!
使途は不明!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

事故が怖くて車に乗れない

部屋が汚くて友達呼べない

落とすの怖くて指輪つけない

障害怖くて子供作れない

 

つるつるの高層ビルを見ると

睾丸を押しつけたくなるんだ

 

あなたのバンドを潰してあげる

東京中のライヴハウスの

オーナーと寝て

 


昔はそういうのよく聴いた

誰でも通る道だった

あの頃は私若かった

痛かった青かった恥ずかしかった

 

ふさふさのレトリーバーを見ると

押し倒して欲しくなるんだ

 

あなたの靴を踏みつぶしてあげる

白い新品のジャックパーセル

愛情だよ

 



ネックを折るならギターとあなた

どっちが簡単なんだろう

 

寝ているあなたの爪を切る

どこまでが死んでるんだろう

・・・・・・・・・・・・・・・・



地の文よりも会話よりも作中歌作ってるときが一番楽しいよね!


作中歌を書く時は小説の中で読まれることを前提とするので、

実際の歌詞よりも韻を厳しめに踏みます

(メロディが無いので韻で補完する)

五七五にすると一番かんたん


歌詞カードって、メロディを知らない状態で読むと意外と全くリズム感じなくて

「?」ってなったりもするよね


本当はもっと縛りをゆるくして入れたい言葉がんがん入れたいが……

まー初めだしとりあえずこんなもんでえーじゃろ もう一個書こうっと。



「ポエム」ていうと恥ずかしいけど

「作中歌」っていう体で書けば言い訳も立つし自意識にも優しいね!


私の夢のひとつはロシアンガンジャのコピバンが出て来ることなんだけど、

実現しねーかなー。


飲み会精神汚染

 グチを吐けるところがTwitterだけというのが悲しい

グチは対面なら人と人の共通部分を温め合う着火剤にもなりえるけど、

Twitterに書いたところでただのクズ。(だから結局書かない)

 

個人的に自分の話を全然聞いてもらえない、

いや私が私の話を聞いて欲しいんじゃなくて(意外と私は私の話するのは苦手なんだよ)、私が提供する話題のいくつかにひとつくらい採用されてくれてもいいじゃないかよ、と思うんだけど、ことごとくスルーか横取りされ続けると、誰も私のことに興味が無く私が面白いと思うことはみんなにとってはひとつも面白くないんだなあ、と世界に取り残された気になるからやめてほしい


 こうなると、仕方ないから私は話題提供をやめて、しぶしぶ皆の話を転がしたりツッコんだり、要は「聞き役」に回るんだけど、そうすると皆が調子乗って喋ること喋ること、私が全く興味の無いことを。


しかし誰が貴様の「酔って奇行自慢」(しかも鞄を駅に忘れたとかケガしたとか全然奇行じゃないやつ)やら最近忙しいとか忙しくないとか、全然ヤマもオチもない恋愛話に要約能力も無く30分近く付き合わされるもの、等に、興味を持つと思ってるんだ? それともそういうものに興味を持たない私がおかしいのか? 私がおかしいのか? そうか私がおかしいのか! みんな楽しそうだし、つうか同じくらいつまんない話かぶせて対抗してきてるし! まるで素人カラオケ大会だ! こういうもんなんか?! こういうもんなんか! やっぱり私がおかしいのか! おかしいんだな! あああ 


ってなるから本当やめてほしい

 

 

あのねえこういう気持ちを味わうのはステージの上だけで十分だ。ミスったステージの上だけで十分だ。

 

ステージでなら興味を持ってもらえなくてもそれはそれで真っ向勝負の上の結論だから対価なら負えるんだよ。

 

誰かのデカいステージ観た後だと、小さい飲み会なんかにかまけてる私はすごい無駄な時間使ってるんじゃという気になる。知人っていう、興味持ちあおうという前提でぬくぬくしてる場所。(しかもそこでさえなぜか私の話を誰も聞かないんだからおかしい。私とばっちり大き過ぎる)カラオケだって何回かに一回は自分の番が回って来るのに! なんで!!!!

 

貴様のことなんか興味無いし、貴様も私のこと興味無いだろ? でも振り向かせる自信はあるんだけどね、って、ステージの上、殺伐とした場所から言い放ってる方が性に合うのかもしれない。

 

 

 

ああでもねえだからさあ話聞いて欲しいんだってば! 話話話 

等価交換! 等価交換ぁぁぁぁぁんんん

 


 

 

 

 

ここまで書いて気付いたけど、私だけ酒を飲まないことが全ての原因?

 

飲まない話せない聞くしかない、聞く話はつまんない、

それで飲んでも無いのに飲んだ輩の分まで4000円払う飲み会の

不毛さと言ったら無過ぎる

 

私は世界に合わせる気なんか無いから、

大人になったら会って話して酒を飲むのが遊びの基本っていうルールは

早く絶滅してほしい。


 

「この前人狼会やった」って言ったら

「大人なのにゲームwwwww」ってバカにされたし。クソが。

「飲み会」の方がゴミ。

「○○との出会いで人生が180度変わりました!」の話

 




Twitterである人が、

「スカートめくりカレンダー」というものに言及していて、

それは女子高生のスカートに日付が書いてあって毎月めくる、
というものだったんだけど、

 

「女子高生は未成年です。性の対象として見ていいもんじゃない。

こんなもん壁に貼るなんてだめ」

 

みたいなことを言っていた。

 

それを見た私は

 

「確かに未成年との性行為は違法? 条例違反? かもしれないけど、

殺人カレンダー(?)とか未成年がタバコすぱすぱ吸うカレンダー(?)
とかあっても

この人は突っ込まないんだろうなあ。

だとしたら違法行為をモチーフにしたカレンダーはアウトとは言えないよなあ。

ただ単に不愉快だからやだってんならそう言えばいいけど、

個人的には芸術のレンジは極力幅広くとっておきたいから

あまり狭めること言わないで欲しいなあ

(別に私はカレンダー職人になる予定は無いし、

カレンダーが芸術かどうかは微妙だけど)」

 

とぼんやり思ったのだが、

140字以内で上手く言えないので黙っていた。

 

 

そしたらその後、その人のTwitterを追っていたら、

女子中学生時代に通学時間中毎日のように(!)痴漢に遭っていたり、

就職活動中も女子というだけで胸糞悪くなるような不当な扱いを
受けていたりしたらしく、

全て腑に落ちた。

 

いや、全て腑に落ちたっていうのも失礼な言い方かもしれないけど、

「この人はこの人が言うべきことを言ってるんだなあ」
と思ったのである。

 

 

同じく女の私は、

高校・大学と毎日ラッシュの電車で通学していたにも関わらず
一度も痴漢に遭ったことが無いし、

就職活動も女だからではなく自分のせいで落ちた(と思ってる)し、

今勤めてるところも全く性によって不当な扱いを受けない。

むしろ女が強い。

 

 

傷を受けたから傷にかまけて何でも言って良いわけではないけれど、

間違いなく傷はアイデンティティである。

その傷が喋る言葉は最強なんだ。

 

 

でも同時に、傷に支配されまくってる人を見るとちょっと「うっ」ってなる。

 

 

例えば、

「大事な一人娘を、飲酒運転のトラックに轢かれて失った母が、

飲酒運転撲滅運動に身を捧げている」


という話を聞くと「うっ」ってなる。

 

なんか、そんな偶然、しかも負の偶然に人生の全てを持ってかれなくても……

普通に楽しく生きろよ……と思ってしまう。

 

 

あと、逆に正の偶然。

例えば


「小さい頃難病を患っていたけど素晴らしいお医者さんに出会い治してもらった。

その人に憧れて自分も医者を目指す」


みたいな話も、結構「うっ」てくる。

 

 

まあ正だろうが負だろうが、

「偶然の出来事にアイデンティティを寄せてんじゃねーよ!!

どんだけアイデンティティ弱いんだよ!!」
と思ってしまう。


それは私の自意識の強さゆえなんだろうか。


とりあえず私は誰が交通事故で死のうと
交通事故撲滅運動に絶対身を捧げない自信がある。

 

 

なんにせよ、傷はアイデンティティ。傷は武器。傷から吐かれる言葉は最強。

 

 

でも、同時に、「無傷」なことも最強なのである。

 

 

この、大怪我も大病もしたことない性差別も人種差別も学歴差別も受けたことない貧困や親の虐待を受けたこともない家族も友人も全然死なない、無傷な私にしか言えないことがあって、それを安心して言ってりゃ私は最強なのである。

 

 

「あんたたちはすぐ『女は損』とか『男は無自覚に傷つけてシレッとしてる奴が多すぎる』とかピーピー言ってるけど、女だって得なこといっぱいあるじゃん?」

 

「つうか新時代のバリキャリ目指しつつ、古き良き専業主婦コースも予備で残しとけるなんて女の方が都合いいっしょ。男の人って専業主夫になるにしても世間体とかまだ悪くて可哀想」

 

とか言っとくのが、私の役目なのである。

 

 

いや、この二つのセリフは例文でしかなく、本当にこう思ってるわけじゃない。

 

本当はどーーーでもいいと思ってる。

女とか男とかどーーーーーでもよくて、
ただ私が都合良く生きられれば私の勝ち、って思ってる。


 

 

 

どうだ! 自由だろ!!!

 

 

 

 

 

 

無論これから超ビッグな傷を負う可能性もある(北朝鮮に拉致られる等)けど、

多分無傷な星の下で生まれて死ぬのが私の宿命なんだろうと半分くらい思ってる

 

 

 

 

 

 

ハッもしかして、自意識のバリアが堅過ぎるせいで、

あらゆるアクシデントを無効化してるのかも……!

 

 

「○○との出会いで人生が180度変わりました!」


とか言ってる自分、想像出来ない!!

自分が好き過ぎて○○が見えない!!!

○○に流されるのが悔しくて見なかったことにする可能性が高い!!!!!

 

 

 

 

 

 

「自意識という名の病」、これが、私の傷なのかもしれない。

 

 

fin 

“書く書く詐欺”の男

 

私が「小説を書いている」と言った時、

「僕も小説家を目指してるんだ」と答えた君、本当にありがとう!

 

喜んで身を乗り出して「どんなの書いてるの?」と聞いた私に

「まだ何も書いてないけど」と答えてくれて、本当にありがとう!

 

私はこんなに豊かな感情の起伏を味わったのは、本当に久しぶりだったんだ!

 

「書いてなくても構想はあるの?」と聞いたら

「何も考えてない」と言ってくれたね。

その時の、胃にブラックホールが空いたような気持ち!

 

生まれてこのかた一度も書いたことなくて、でも小説家になりたくて。

「一体どんなの書きたいの」って聞いたら

「あんまり大衆迎合的なのは書きたくないね。

昔のいわゆる純文学みたいなのがいいね」

と答えてくれたね。


大衆迎合! 


君は東大生だから、ただださえ皮肉に聞こえがちなその言葉、

恐れず使ってくれたのは、私も東大生なことを君も知ってるから?

はじめてそんな言葉を臆面も無く使う人が目の前に現れて、

記念写真を撮りたくなったんだよ。

 

「一番好きな作家は?」と聞いたら

「三島由紀夫」と言ってたね。

「三島由紀夫みたいなのを書きたい」って。


一文字を書いたこともない君が怯まずそう言える純粋さに、

私は新鮮な嫉妬を覚えた。しかも30歳でそれだなんて。

 

で、こうも言ったね。


「今の世の中で、三島由紀夫みたいな純文学を書いても、

部数的には売れないかもしれない。

でも大衆に受け入れられなくとも、

自分で認められるものを書ければそれでいい。

そもそも何がいいと思うかは人によって違うし、

芸術はそういうものだからね」


そうだね。賞に投稿して何次までいったとか落ちたとかで

やんややんや騒ぐ私と違って、肝が据わってて素敵な態度だと思う。

 

私が意地悪して私が

「文藝二次に通った」

って言っても、実際君は全然動じなかったもんね。

そこでいきなり弱気になったものなら、

見損なってたところだよ。


 

「三島由紀夫みたいな純文学なんて相当な技術が無いと出来ないし、たとえ出来たとしても三島由紀夫の劣化コピーとしかとらえられなくて、そんなものは三島由紀夫を読めばいいのであって何の価値も無い.当然賞もとれない」


と罵る必要も無かった。


だって君は他人の価値基準に重きを置いてないんだから。

自分で、三島由紀夫にそっくりだと思えるものが書けていると思い込めれば、

それが君の幸せなのだから。


ああ君の花園。踏みにじりたくなったのはただの私の嫉妬。

 

 

 

「試しに何か書いて見ればいいと思う」

そう口走ってしまった私を、


「文章が一番、芸術の中で敷居が低いと思う。

音楽とか美術みたいに、訓練が要らないで誰でも書けるから」


といなしてくれた君、本当にありがとう。


何年も執筆を続けている私の前で堂々と
「大事なのはいくら書いたかじゃない」と言ってくれたのだから。


いや、いくら書いたかどころか、

書くか書かないかでさえ、どうでもいいのかもしれないね。

君にとっては。


私にとってはものすごく大事だけど。

 

 

 

ねえ、ところでさあ、本当に感情が高ぶると、胸ってむかむかしてくるものなんだねえ。何かの比喩かと思ったんだけど、本当に、悪いものを食べた時と同じ、胸ってむかむかするんだねえ。

 

それから、コップの水をぶっかけたくなるんだね。そんなドラマでしか観ない行為、自分がしたくなるなんて思いも寄らなかったよ。

 

 

 

あああ、君の幸せに嫉妬してごめん!!!

 

君の幸せが、私の執筆生活の苦労を踏みにじるなんてことは無いのに!! 君と私はなんの関係も無いのに!! 土曜日は寝て日曜日は2chのまとめサイトを見て過ごす君と、本を読み小説を書く私は、何の関係も無いのに!!!

 

 

 

でも私、お陰で、いい小説書けそうだよ。

この一年で間違い無く一番、魂を揺さぶられる出来事だった。

ありがとう。

 





いつか私がデビューしたら、

「大衆に迎合している」と言って息の根を止めに来て下さい。

渋澤レイの女体化

 メジャーになっても、決して
「自分の作品の同人誌だれか書いてくれないかなー!」とか叫ばないことを
今決意した。






キャー! なゆちゃんだめー!
自分でカップリング提案なんかしちゃだめーっ!


オリジナルは不動のオリジナルとして君臨してればいいのっ! 
たとえガンガン気になっても、見て見ぬフリして
天皇みたいに「あ、そう」って無関心ぶってればいいのっ!
下を見ちゃだめー! 品位がさがるー!


わかるっ、ものすごおく二次創作を書いてほしい気持ちはわかるけどお!
作家の気持ちもわかるけど、まずなゆゆのファンだから幻滅しちゃうー! ヒエー





というわけでわたくしレイシブサワ、インディーズのうちに心おきなく叫んでおこうと思います。

「自分の小説の二次創作、めちゃめちゃ出てきてほしいです!!!!」








【おまけ】
「渋澤怜」の二次創作ならあるよ

山本清風のリハビログ「【文学フリマ出店受付開始記念企画】渋澤レイの婚活」

佐藤「渋澤レイの闘病」


キャラが濃いとトクだな〜♪

僕が太ってハゲたら殺してくれ

「殺人ゲームをすると暴力的になる」

「美少女ゲームやると二次元しか愛せなくなる」

「マンガは駄目、やっぱり読書しないと」

「ネット上の友達なんか本当の友達なんて言えない。

ちゃんと会って話さないと友達とは言えない」

 

こういうことを言う人のことはもうそれだけで

崖から突き落としたくなるくらい嫌いなんだけど

(書いてるだけでムカついてきた)、

 

将来自分がこういうことを言うことになる可能性も皆無ではない、という恐怖が

まるでどんなに早く駆けてもつきまとってくる自分の影のように、

私を常に脅かしているのである。

 

というのも、これらは全部「新メディアへの無根拠な非難」であって、

(だいたい)新メディアってだけで疑いの目を寄せる「年寄り」というものが

言うことが多く、

私は絶対に「年寄り」になるからである。

 

ゲームも、マンガも、ネット上の交友関係も、

彼らが若者の頃は(あまり)普及していなかったものだから、

多分存在自体がいかがわしいんだろう。

 

もしかしたら私だって、将来、

 

「○☆△※(新メディアの名前)なんてやると

暴力的で性倒錯的でどうしようもない人間になる! 脳が溶ける!」

 

とか言いながら

「○☆△※脳の恐怖」とかいう本を嬉々として手にとる

嫌な老人になるかもしれないのだ。

 

 

ギャー!! そんなのは嫌だ!! 死ぬより嫌だ。

そんな老人になるくらいなら死んだ方がましだ!!!!

 

 

そんなことなら、ただ単に

 

「なんとなく、自分が知らなくて最近若者の間で流行ってる○☆△※ってやつ、自分はついていけないし、でも若者が楽しそうにやってるからムカつく! 私に理解できるものが流行れよ! 私を中心に世界よ回れ! キー!」


とか言ってる老人になりたい。その方が五億倍チャーミングである。

 

 

どうやったら、「新メディアへの無根拠な批判老人」にならずに済むんだろう。

 

このブログを印刷して未来永劫冷蔵庫に貼っておけばいいのか。

いや多分だめだ、朽ちる。

 

身体に刺青すればいいんだろうか。そしたら死ぬまで消えないし。「メメントモリ」みたく。

そう、「死」と「新メディアへの無根拠な批判老人」への恐怖は

私の中でほぼ同等の威力を持つのである。しかし文字数が多すぎる。

 

うーん、タイムカプセルでも埋めるか? 自分への手紙を入れて。

手紙っつうか、警告書だけど。

 

 

しかし!!

これらの対策を脅かす最大の脅威があって、

いくら若者の私が周到に用意してもそれが一瞬で無効化される恐れがあるのだ。

 

それが、「若いねえ」の一言である。

 

つまり、実際に年寄りになった時に


「若いねえ。こんなこと思ってたんだねえ。昔は若者らしい潔癖な考えを持ってたけど、年をとると、いろんな考えに寛容になれるもんだよ。自分が弱るからから、他人の弱さも分かるのかねえ」

 

とかわけわからんこと言って(まじわけわかんない)、

冷蔵庫のプリントもタイムカプセルの警告書も、

刺青すら無視する可能性がある!!!

 

 

ぎゃー!! どうしよう!!! 

 

  

もうバトルロワイヤルみたいに、今日からさっそく、

「新メディアへの無根拠な非難をしたら爆発する首輪」

をつけて生活するしかない。

 

私の好きな「オワリカラ」というバンドの「swing」という歌の歌詞に

「僕が太ってハゲたら殺してくれ」というのがあるんだが、それと一緒。

 

 

私が新メディアへの無根拠な非難をする老人になったら殺してくれ!!!

 

 

ど、どうしよう、明日首輪爆破したら。びくびく。

 


 

 

 

 



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ほんとはもう2つ恐怖があって。「交通法規を無視するのにまったく悪びれず『年寄りなんだから仕方無い』と開き直る老人」と、「『今時の若者は』という老人」です。首輪三連かな。

リア充会合出席レポート2

 さて、昨日のブログの続き。

なんか昨日のブログだけ読むと、私がリア充をdisってるようにみえるかもしれないけど、いやそれがどうして決してそんなわけじゃないんだよ。初対面の相手でも人見知りせず卑屈にもならず堂々と爽やかに話してくれる人達でしかも私のギャグにドッカンドッカン笑ってくれた(リア充界では免疫の無い笑いを持ち込んだ模様)ので、むしろ好印象だったのである。

 

でもまあ、なんだかんだ言って我々とは根本的に違う人種だなあと激しく思ったよ。

 

そう思わせたのは彼らの驚異的な

「話の具体性の無さ、説明能力の無さ、客観性の無さ」

なのであった。……disってないよ。

 

 

私を連れて来てくれた中間管理職ネズミ氏との会話で名前があがった人について、私が「その人はどんな人なの?」と聞くと、彼の答えはだいたい「すごくいい人」。で、別な人について「その人はどんな人?」と聞くとまたもや「すごくいい人」。なんだよ、みんないい人じゃんか。それはともかくとして、普通「どんな人?」って聞かれたらもう少し具体的な情報を提供するものだぞ。職業とか年齢とか。

 

極めつけは、その飲み会に馳せ参じる途中で「ところでその飲み会の主催者ってどんな人なの?」と聞いた時の、「おにいさん」という返事である。性別しかわかんねーよ!!

 

disってないよ。続く。

 

で、飲み会で喋った時もさあ、みんな互いに互いのこと褒め合って「こいつほんとにいい奴なんだよ!」とか延々言い合ってんのな。いいよ、分かったよ、はいはい、信じるよ。もう。エビデンスを寄越せとか言わないよ、もう。

 

で、客観性の無さっていうのは、例えば、皆が口をそろえて「主催者夫婦の奥さんはとてもいい人で、しかもすごく綺麗なんだよー」というものだから、いっちょ見たると思って見に行ったら、別に綺麗つうか、なんか自信に満ちた佇まい(主催者なんだからそりゃそーだ)をしてロングドレスっぽいのを着ていて、美人っぽい雰囲気を醸し出しているが別に雰囲気美人というか、雰囲気だけなのだった。「ね、美人だったでしょ?」と言われたら非常にリアクションに困る感じだった。

 

美人じゃなかったのですよ、端的に言えば。

客観性の無さというか、外輪の人に対しての内輪ノリがはなはだしいのだよ。

 

それから、いわゆる「最高の仲間!」ってやつな。

乾杯や閉会のあいさつをする幹部たちは一様にこの言葉を使っていたんだけど(マジでリア充は「最高の仲間」って言うんだーと思って驚いた)、実際は烏合の集でしかないんですよ、この飲み会。なのに何の屈託も無く「最高」という言葉を使えるこの客観性の無さよ。

 

disってないよ?

彼らのこの話の具体性の無さ、説明能力の低さ、客観性の無さに関しては、激しくむかつきながらも同時に同じくらい激しい憧れも持つんですよ私は。

 

彼らはものすごく普通で、社会のマジョリティに包まれてる安心感が優しさや余裕を生んでおり、全然世界に対して気負ったところが無い。普段から「私はみんなとは違う」と自分の脳に烙印を押すごとく思い詰めて気迫と怖さ、あるいは翻って卑屈さや臆病さを身に付けている我々とは、もう、生まれからして貴族と平民くらい違うのである。

 

彼らは世界に対する自分のポジションが自明で、わざわざ説明する必要が無いから、説明能力、話の具体性が無く、自らのポジションをモニタリングする客観性も全然発達してないのである。

常に自分の立ち位置をGPSのごとく逐一監視し、カーナビのごとく「ここは右」「いや、もうちょっと左」と表明し続ける我々とは大違いなんである(右、左の代わりに「サブカル」「オタク」「アングラ」などの言葉を当てはめてみよう!)。彼らは多分、めまぐるしく会話の相手が変わる立食パーティで会話した人に10分後に覚えてもらってるかなんて全然どうでもよくて、だから会話で「カマす」とか「ギャグでツカむ」とかいう発想も無く、「自分のことを分かって欲しい」という自意識も無く、自分の話をしたいという願望すら薄い(ように見える)。これは、なんとか世界に自分の爪跡残そうと「わたしわたしわたし!」と叫び続けて声を枯らしている自意識地獄の私から見ると、相当羨ましい限りだ!!

 

だいたい分かって来たのだけど、彼らはマジョリティだから、誰とでも仲良くなれる(同類のマジョリティに会う確率が非常に高い)ため、また分かってほしい自分というもの無いので、わざわざ特定の友達と何回も会って理解を深めていく必要も無いのかもしれない。たまたま同じ場にいた人(職場とか)となかよくなれるのである。


でも、我々が小説や映画や漫画を好きなのと同様に、彼らは「人の話が大好き」(自分の話ではなく、他人の話!)だから、出来るだけ知り合いの数を増やしたいのかもしれない。それはすなわち、我々が出来るだけ沢山の読書や映画やアニメを観て会話のネタや自己の肥やしとするのと同様である。

 


どうだ! これ! まああんな会合にはもう一生行かないけどなっ!

リア充会合出席レポート1

 7,8月頃は「お友達増やそうキャンペーン」を繰り広げていて、街コンいったり人狼やりにいったり友人が友人を呼び合う飲み会に行ってそこで会った人がまた友人を連れて来て飲み会を開く……みたいないわゆる「リア充ネズミ講」(私が勝手に名付けた)を3ターンくらい経験したり、していたのですが、

 

ある時連れていかれた飲み会は、主催者がリア充ボスネズミ的なひとだったらしく、ただの「友人が友人を連れてくる飲み会」と聞いていたから「マックス20人くらいか?」と思っていたところなんと140人の大立食パーティでした。

 

すげえよな、烏合の衆集めて140人でハコ貸し切りの立食パーティ主催。何かの打ち上げとか目的がある会ならともかく、何も無いのに140人集めて会場借りて仕切りもやって……っていう手間を考えると、ボスネズミは一体何が目的なんだろう、と、勘ぐってしまいます。

 

 

私を連れてきてくれた中間管理職的ネズミ(ボスの濃い知り合い)も、そのボスにインスパイア(?)されて月2,3会ペースで20人規模の飲み会を開いている人なのですが、そうするとそういった場で会ったことある人が何十何百人とうまれてくるわけで、彼はその140人の半分くらいが知りあいだと言っていました

 

なんだこの世界!! と思っただが、

私の最大の疑問としては、やはり、

「この飲み会、何が楽しいのか?」

ということであった。

 

いや、結果的に私もめちゃめちゃ楽しかったんだけど、もう一回行きたいとも思わないし、ましてや主催を何回もやろうとは絶対に思わない。一体、この場の常連と化している人は、何が楽しくて毎回やってくるのだろうか……? そして、主催者の目的とは……?

 

 

仮説1.純粋に内容が楽しい

 

この会の内容というのは、要はほぼ初対面の人と短い会話を繰り返すというだけである。

 

初回なので、わたしを連れて来てくれた中間管理職ネズミが常に私をエスコートしていろんな知り合いと引き合わせてくれたのだが(どの人達もだいたい2,3人のグループになってるので、4,5人で輪になって話すことになります)、名を名乗り(どうせ覚えてないけど)(ちなみに一瞬でニックネームをつけられます。「シブサワレイです!」「へえ、レイレイね!」みたいな)住んでいるところや仕事の話……となればまだいいところで、それすら辿り着かないのである。

 

初めに引き合わせられた、別な中間管理職ネズミ的な人は、

 

「この飲み会は、みんな本当にいい人ばっかり集まってるし、いろんなことに前向きで楽しんでる人が多いからポジディブな気分になれるよ! 面白い人も多いし。いろんな人と喋ってみてね」

 

ということを長々とお話しになった。

 

なんかそんなマジでリア充テンプレートみたいなこと言う人がこの世にガチでいるのかとびっくりしてしまい、思わず長々続くリア充演説をぶったぎって「プロアクティブのCMみたいだ!」って言っちゃったら、爽やかに笑って頂けた。

 

そしてその後は、

 

「この飲み会の主催者の○○は千葉の××に住んでて、△△ってお店をやってて、すごくいいお店でみんな集まってくるんだよ。今あそこらへん(会場の中央を指差す)にいるから、話してみてね。きれいで、すごくいい人だよ」

 

「今あそこ(会場の端を指す)□□っていう人の知り合いで●●っていう人がいて、その大学の後輩が僕の友達で……」

 

という話を延々と。

 

(記号はすべて、私が初めて聞く固有名詞です)

 

おんどりゃあ! 今はお前と話しとんじゃあ! わたしはどーせ覚えきれぬ知らない人の名前の羅列には興味無いわあ! お前の話せい!!! と思ってしまうわけよ。住んでるところとか、職業とか言う、基本プロフィールにさえなかなか話がいかないっつう。

 

で、一組と510分くらい話したらなんとなくまた別のグループのところに行き、似た会話をする……これのくり返しです。なぜみんな、この場にいる知り合いの話ばかりする……。まるで役所でたらい回しにされるように、みな一様に自分の話をしないで他人の話ばかりしているのです。これ、面白いのか……?

 

ちなみに早々にこの様式に飽きてしまった私は、相手のリア充演説が始まる前に自虐ギャグとか言いまくってドッカンドッカンさせる(リア充はこの種の笑いの免疫が無いし愛想が良いのでたくさん笑ってくれる)という楽しみ方を開発していましたが、これは邪道に違いない。

 

 

仮説2.出会い目的?

 

もしかしてこれは、巨大な合コンなのか? 男女比もだいたい半々だし。

しかーし、この場はなんと「直接相手に連絡先を聞くのは禁止」なのであーる!!

もし誰か(たとえば私)の連絡先を聞きたかったら、直接ではなく、私を連れて来てくれた中間管理職ネズミに聞いてくれ、というシステムらしい。

うーん、なんか、まどろっこしい……業者が入っていた街コンさえガンガン直接連絡先聞いてたぞ……

 

というわけでこの線も却下である。

 

 

仮説3.アム●ェイ?

 

これだけ人を集めておいて、浄水器でも売りつける気か?

これもどうやら違うようでした。一回顔を出しただけじゃ分からないけど。

 

でも、私のことを「レイレイ髪きれい! つやつや! ヴィダルサスーンのCMみたい!」とやたらめったら褒めてきた女の子に対して思わず「そ、そんなに褒めて、化粧品でも売りつける気? あむうえい?」と冗談めかして聞いてみたら、妙にさみしい笑い方をされてしまって、その場ではとても申し訳無い気持ちになったんだけど。


後から考えるとあれは図星を指されて困惑していたのかもしれないなあ。

 

 

仮説4.このコミュニティに属していることで自尊心が満ちる?

 

仮にボスネズミがカリスマ的人気をもっていたとして、この飲み会に参加できること自体が自尊心を満たすものなのかもしれない。あるいは、呼ばれるにはある程度の中間管理職ネズミのセレクションを受けないといけないとか……?

でもちんちくりんの私でも呼ばれたし、会費は3000円だし別に高級感も無いし、見回すとべつに全然可愛い子いないし(私が来れるくらいである)、これも却下である。

 

仮説5.ボスネズミは金儲けをしている?

しかしこれも、会費3000円で二時間飲み放題でそこそこのカフェバーを貸し切っているので、可能性としては低そうである。全然利益は出ないだろなあ。

 

 

うーん、会話を楽しむわけでもなく、出会い目的でもなく、連絡先交換禁止だから気が合う人を見つけて後日ゆっくり会うことも出来なく、アム●ェイでもなく、コミュニティの帰属意識を感じて自尊心を満たすわけでもない……。別に誰かの誕生日でもないし、何かの打ち上げでもない。なんなんだ、この集まりは……!! 結局仮説4しか生き残らなかったのですが、仮説4なんでしょうか。仮説4だったんでしょうか。でも中間管理職ネズミとはこの後も月1,2回あってるのですが浄水器も壺も自己啓発セミナーの話も出ていないので、多分大丈夫な気がします。

 



 

……本当に書きたいことはこの続きなんだけど、明日書くね!!!

ドレスが無いならカーテンを巻けばいいじゃない

 さて、昨日のブログで結婚式のドレスの話をしたけど、

結婚式のドレスと言えば、

 

「ゴスロリを上がっても、ドロワーズをとっておくと結婚式の花嫁衣装で使える」

 

という旨の知人のツイートを読んで、なんだかイマジネーションがもっこりむらむらと芽生えてきている

 

なんか、こう、人生のすごろくが進むというか、社会で一人前とみなされるワンペア作ってひとまず「あがり」的な節目となる結婚式に、おそらく「結婚なんか一生しない! 子どもなんか要らない! 男きもい!」とか言って社会の構造や男女格差や結婚制度に中指突き立ててた時代(イメージ)に着てたビラビラのゴスロリの下着を仕込んで挑むなんて、なんか皮肉というか、いい話じゃないか。

 

花嫁ドレス、って小学生が二、三人隠れるだろ、ってくらいバッフンバッフンに膨らんでいるので、ドロワーズどころか日常用のスカート何枚でも履けそうである

 

それから昨日ドレスを試着して知ったんだけど(勿論わたしが着たのは花嫁用じゃなくてゲスト用だけどさ笑)、ドレスって胸にでっっかいパッドついてんのね! 水着みたいな。一瞬「これはノーブラで着るのか?」と思ったけど、そういうわけでもなく、とにかく胸をでかくみせたいという魂胆らしい。というわけで胸部がっぱがっぱなのでいろいろ隠し持つことできそう。峰不二子みたいにさ。普通にタバコ一箱くらい入りそうですよ笑

 

 

というわけで

 

……

 

新婚初夜。

結婚式も終わり、やっと二人きりになれたホテルの一室、待ち切れなかったといわんばかりに花嫁姿の妻をベッドに押し倒す夫。ふざけて笑いながら何重ものベールをまくりあげるとそこには小汚いドロワーズが。

「今まで黙ってたけどわたしね、高校の時ゴスロリだったんだよ……こんなぼろぼろの下着だけど、思い出の品だから、今日どうしても着てきたかったの。こんな私でも結婚してくれる?」

「もちろんさ。気にしないよ」

それでドロワーズを脱がすと今度は小汚い短パンが。

「今まで黙ってたけどわたしね、中学の時、ひきこもりだったんだよ……本当は出席日数全然足りなかったから中学卒業もやばかったんだ。その時毎日履いてた短パン、今も休みの日には毎日履いてるんだけど、安心するから、今日どうしても履いてきたかったの。大事な結婚式だから、緊張しないように……。……なんかいろいろ変だよね、私……そんな私でも受け入れてくれる?」

「も、もちろんさっ!」

それでその小汚い短パンを脱がすと、なんと真っ赤なふんどし。

「今まで黙ってたけどわたし、教祖様の教えでふんどしを毎日締めてるの。一日でも欠かすとオーラが乱れて不定愁訴に悩まされたり、人間関係が淀むの。私が中学と高校でうまくいかなかったのも、全部ふんどしを履かなかったせいなんだって。ごめんね、ムード無いよね、でも大事な結婚式だから、どうしてもいつも通りにしたくて……こんな私でも許してくれる?」

「もっ、もあ、う、もちろんさああ」

いろいろな感情に苛まれながら夫が勢い良くふんどしを剥ぎ取ると、そこには……

 

 

 

 

……みたいな話を思いついたんだけど、花嫁ドレスのままベッドにもつれこむわけねーじゃん、普通披露宴とか二次会とかあって簡易ドレスに着替えるだろ、と思って、匙を投げてしまいました

 

 

(オチ思いついたら誰か続き書いていいよ!)

 

 

以前、こたつの下で妙齢の女性のストッキングに包まれた脚が何本も蠢きひとりの男をたぶらかす心理バトルを繰り広げる「ラリる猫」を書いたのだが、葬式の話なのにストッキングを黒でなく肌色で書いてしまってアチャーってなったこともある。そんなもんだ。

 

 

 

あとそもそも新婚初夜というのが死語だよな……

ドレスが無いからパーティに行けないの

 さてさて昨日とは打って変わって、本日は女子力の高いことをしました。
結婚式の二次会に着ていくドレスをレンタルしに行ってきたのです。

 

お店に入った途端、素敵なドレスがいっぱいで、頭パァン! ってなってしまい、

いそいそと「可愛い! 着たい!」っていうドレスを選びまくっていたのですが、

そんな私を見守っていた店員さんがおもむろに近寄って来て、

 

「結婚式? の? 二次会? ですか? そんな派手なドレスだと浮いちゃいますよ? そういったのは謝恩会用で? 結婚式でしたら花嫁さんを引きたてるものの方がよろしいですよ? ハアーン?」

 

と言ってきやがりなさり、意気消沈、

 

「どのくらい派手なドレスを着れば分からない! せっかくドレス借りに来たんだから好きなの選びたいけど、マナー違反になるのはやだ! しかし地味なドレスなら家にあるから借りる意味が無い!」

 

と思考回路が右往左往し、結婚式未経験の自分が頼れるのはこの店員ひとり、でもなんかいけすかないからあんまりこいつの言うこと聞きたくない(逆恨み)、でも私よりは確実に結婚式経験値が高いのは確かだ、あああもっと家で調べてから来れば良かった、挙式と披露宴と二次会の違いも良く分かってなかった、私が招かれたのは最カジュアル部門だったのか、どおりでメールで案内が来たわけだ……

 

と窮地に陥って頭がパンクしそうになったので、

「もういったん帰ってよく考えてからまた来ます」と言いかけたのですが、

今日借りないと値引きキャンペーンにひっかからないので、

思い切ってただ単純に一番着たいドレスを借りて来てしまいました。(パァン!)

 

 

しかし小心者なので、帰宅後即「結婚式 二次会 服装」とかで検索しまくりあのドレスを着ていいのかどうか裏をとる作業に没頭し今に至る。

 

(しかし調べれば調べるほど分からない)

 

あああ結局これいくら調べても分からないし人に聞けば人によって違うこと言って聞けば聞くほど分かんなくなるパターンだ。で「会場や花嫁さんの雰囲気によるよ。結局、行ってみないとわかんないよね☆」とかいうクソアドバイスをたまわって逆上して刺しちゃうパターンだ。

 

もういい。そうなる前に調べるのはやめよう。

 

当日は、本命のボリューミーな派手ドレスを着て行って、スリップ型の地味ドレス(畳むととても小さくなる)をバッグに潜ませ、万が一派手ドレスで浮いてしまった場合はそいつを脱ぎ捨て地味ドレスにチェンジすることにしよう。もちろん派手ドレスが入る紙袋も忘れず持っていくぜ。ようしこれでオッケーだ。我ながら姑息に立ちまわる術にたけているな

 

 



なんかもう、別な方面にもっと頭を使っていきたい……