本当に言葉の力を信じてる人は「俺は言葉の力を信じてる」とは言わない 〜ポエトリースラムジャパンの話

昨日は、ポエトリースラムジャパンという詩の朗読の大会に出た。

詩の朗読の界隈は、ライヴハウス以上に競技人口が小さく(演者≒客で、純客ほぼゼロ)、みんな褒め合っててつまらないので、私は「蛮勇の外様」として言いたいこと勝手に書こうと思う。ここ私のブログだし。

 

昨日思ったのは、「正直、わたしはポエトリーリーディングがそんなに好きじゃないんだろうな」ってことだった。

 

演者としては、一回戦で自己紹介がてらカマした「インターネットおばさん」ネタが全然ウケなかったし(そもそも詩人はネットに疎い)、キャラ付け濃いめでプロレスのヒール的な露悪的な態度も好き嫌いがはっきり出てしまい、めちゃめちゃ戦いにくかった。

 

客側としても、私が全然良いと思わない人が勝ち進んだり、推してる人がすぐ負けたりして、あんまり楽しめなかった。

 

私は、2回戦まで勝ち進んだのち0.1ポイント差で負けた。あーあ、あそこで勝ったら決勝だったのになー(16人の演者のうち4人が決勝に出られる)。

いろいろと不満が溜まって、その後の観戦は同じフラストレーションを持つ仲間とひそひそ愚痴りあったりコンビニで人の金でハーゲンダッツ食って憂さを晴らしたりした。

 

愚痴り合いながら考えたのはこういうことだった。

 

二回戦での私のパフォーマンスは満点ではなかったが、たとえ私が自己内満点のパフォーマンスをしてもあの場では勝ち進めなかっただろう。

 

というのも、私のポエトリーリーディング観(というか、ライヴ観)はほかの人と全然違うのだ。

 

私は、実は、ポエトリーリーディングってほっとんど聞く気にならない。すごく技を磨いている数人以外は退屈だと思う。紙を見ながら棒読みするだけで、ダイナミクスも身体表現も音韻も抑揚も使わずにただけなげに朗読しすれば聴いてもらえる、と思ってるのは、甘えだと思う。

 

ものすごく良いテキストなら別だが。いや、ものすごく良いテキストでも、読み方が平坦だったら私は飽きて眠くなっちゃう。こんなにクロックの速い現代社会において、YouYubeの広告の5秒さえ大人しく待てない私みたいな現代人に対して、戦い方が甘すぎると思う。まあでもYouTubeの5秒を大人しく待てる現代人もいるんだから、ただひたすら、あの場が私に向いてないんだとおもう。

 

だから私の朗読スタイルは、「めちゃめちゃ良いテキストを書いたうえで、ダイナミクスも身体表現も音韻も抑揚もつけまくる」というものだ。

当然テキストは完全に暗記して、最低20〜30回、iPhoneの前で練習して動画を撮ってはそれを見て修正することを繰り返し、本番にのぞむ。

これが私のやり方で、私はこのやり方で作った私の朗読がめちゃめちゃ面白いと思う。

 

だからこのやり方で評価されないなら、黙ってよそに行けばいいだけの事って思った

 

 

 

 

 

ここで唐突に私の好きなポエトリーリーディングを紹介する。

別に飛び道具は使ってないけど、ただひたすらテキストの良さと修練の高さで勝負してる大島建夫さん。このレベルの修練じゃないと私聞けません

 

 

あと岡野康弘さん。

昨日はじめて観たんだけど、2秒に一回笑わせる短文パンチラインネタで常に飽きさせないんだけど、時折、ぞっとするような静まりや、しんみりさせるエモを提供するギャップが最高でした。

「ゲラゲラ!」「ゲラゲラ!」「ゲラ……ん、これ笑っていいやつ…?」ってなる時の、あの、場の感じ、超よかったよね?

(この人はひたすらテキストの良さで勝負するタイプ。書き文字でなく朗読に特化したテキストをちゃんと持ってくる周到さがすごく好きです)

(本当は動画を見てほしいけどまだないので、とりあえず昨日読まれたもののテキストはこちらです

 

 

 

 

さて、ここからは少し別なことを書く。「自己言及問題」だ。

ステージにおいて「俺は言葉の力を信じてる」(あるいは逆に「言葉なんて無力だ」)とか「マイク一本で立ってんだ」とか言う行為が、わたしはめちゃめちゃ嫌いだ。(言語系自己言及)

 

それから、貧乏けなげアピールとか上京苦労ストーリーとか親がいないとか学歴が無いとか言う奴もめちゃめちゃ嫌いだ。(自分語り)

 

それから、ステージ上で初めてだけどがんばるとか何をすべきか悩んでるとか今日来てくれた人ありがとうとか言う奴もマジ嫌い。(誠実アピール)

 

本当に言葉の力を信じてる人は「俺は言葉の力を信じてる」なんて言うのだろうか?  レジで金を出す前にわざわざ「俺は金の力を信じてる」とか言うか?

それは、出された紙幣そのもので、吐き出す言葉そのもので、表現すればよいのではないか?

きっと、偽札じゃないか何度も光に透かして確認したいんだろうね。それは家でやってからステージに来い。

 

自分語りしてくる奴は、だいたい『何もない日常がやるせなく過ぎていく』とか『信じられるものは何もないけど積み上げてきたものだけが本物だから』とかよく分かんないJPOPのつぎはぎとのコンボ決めてくることが多いんだけど「居酒屋でやれ」としか思えないし私はその先の話聞きたいからそこ早くはしょれ。悩み自体は平凡で、そこからヒリ出されるオリジナリティあふれる言葉が私は聞きたいんだよ。同情票を稼ぐな。

 

誠実アピールに関しては「甘えんな」「授業参観じゃねえんだよ」としか思えない。授業参観じゃねえんだよ!!!

 

もうすべて、ステージでやるべきことだと思えない。

 

私は苦労を一切してないし善人でもないし誠実アピールが使えるポジションでもないので、苦労人善人誠実アピールする奴は本当に嫌いだ。そういう奴はステージをさっさとおりて、実世界で皆に愛されて生きていけばいいと思う。演目じゃなく人格を愛されればいい。

 

 

 

こうやって書いてて気づいたのは、ポエトリーリーディングの現場が内輪くさいだけでなく、ポエトリーリーディングという演目自体が伝統的に内輪臭いんだろうってことだ。これはたった半年この世界に首突っ込んだだけの私の直感だし修練を積んだトッププレイヤーには当てはまらないと思うけど、とにかくこの界隈、あまりに自己言及が多すぎる。皆、日常の話しすぎ。日常嫌いの私には根本的にポエトリーリーディングという現場が向かないんだと思う。たまに参加する時は「蛮勇の外様」としての登場しかない。優勝なんて当然ありえなかったのだ。

 

 

ここまで読んで鋭い人は気づいたとおもうけど、私にとってラップは地雷だ。ラッパーはすぐ「マイク一本で立ってんだ」って言うし、地元や仲間の出自語りや苦労自慢が多すぎる。昨日はラッパーが半数近く参加してたので、もうそれだけで観客としての私にとってシビアだった。

 

 

 

 

 

ねえそろそろ、私があえてヒールポジションとる理由、わかってきました?

 

 

 

でもね、

私めっちゃあざといから、

決勝戦のために、ちゃんと「自分語り系」の「誠実アピールネタ」もってきてたんだよ。

皆こういうのが好きってちゃんと分かってたからね。一回戦と二回戦の悪態は布石だったのさ。

 

ま、私がやるんだから一筋縄でいく自分語りなわけないけどね。

みんな、私の貴重な自分語り聞けなくて残念だったわね。

 

 

までも、岡野さんと石渡さんが出た決勝はとても楽しかったし、別にいいや。

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