客を信頼する

全て私が悪い。全て私が悪い。この悪さをひきずって、この肉袋で生きていくんだ。

 

この心の黒い穴を掘れば、本当に、同じ誰かへと続くトンネルになるんだろうか?

 

 

ライヴをやればやるほど、孤独をまき散らして「渋澤さんは孤独なんですね」って言われて遠巻きに眺めるオーディエンスが増えていく一方な気がする。

本当に、ここは、同じ誰かへとつながるトンネルですか? お間違いないですか?

 

でも同時に、私にはまだ孤独が足りないとも思う。私の孤独は分かりやすすぎる。私の孤独は安っぽすぎる。

 

ライヴハウスでは、ディスとかツイッターとか分かりやすい話とか固有名詞とか使わないと皆の気を引けないと思い込んでる。

音楽を聴きに来た音楽好きな人の前で音楽以外をやるのだから、よほどのことじゃないと皆の気をひけないと思い込んでる。

私は音楽を(多分)好きだけど、愛とか花とか海とか歌う弾き語りなんて10秒と聴けないのだ(その数少ない例外が大森靖子であり、原田卓馬であり、小棚木もみじであった)

 

こういう、「飛び道具を使わないと客はこっちを見ない」と思い込んでる態度は、ある意味でオーディエンスを信頼していないということだ。あるいは自分に自信が無いということだ。

でもどっちにしろ私は、本当に、心の底から、愛とか花とか言いたくない。

愛とか花とか歌ってる人は本当に心の底から愛とか花とか思ってるんだろうか? 愛とか花とかについて考える日常を持っているんだろうか。私は無い。その2億倍、ディスとツイッターと固有名詞について考えている。だから私はディスとツイッターと固有名詞の話をしている。

 

私の演目の中で、ライヴハウスでウケが悪いもの、すなわち飛び道具が少なめの文学寄りのものは、私に技量が足りないから聴いてもらえないんだろうか? それとも客の民度が足りないんだろうか?

こんなことを一切考慮せずに書ける純文学という分野って、ある意味最高だよな。誰でも文学賞に応募して、まともな審査員に読んでもらえる。審査員のことをまともだと思っていない人もいるけど、私は、三度応募した小説が大変妥当な評価をもらって返って来たので(二次通過、二次通過、選外)、審査員のことはとても信頼している。

 

 

殆どの人間は、ライヴハウスで音楽をやっていない。純粋な意味では。

音楽に付随するもの(MCでも見た目でも悲壮感でも貧乏アピールでも身内のパリピポのノリの良さでも)、あらゆるものがライヴハウスの商品になるしそれはそれで何の問題も無い。なぜなら音楽だろうが音楽じゃなかろうがあらゆる手段を使って目の前の客に己の「生き様」を見せるのがライヴだからだ。

 

だから、客が少ないことを悔しがって「俺は誰よりも音楽のことを考えてるのに」と言ってるバンドマンは二重の意味で愚かだ。

第一に、君たちがやってるのは音楽じゃなくてライヴだ。

第二に、たくさん考えりゃ振り向いてくれると思い込んでるのは片思いの童貞みたいでキモい。

 

(余談だが物書きの世界では、「小説のことばっか考えている小説書きはダサい」という風潮がある。女の尻追っかける片手間に小説書くヤツが一番強い、的な風潮がある。参考にどうぞ。)

 

本当に「音楽のことを考えている」、感度の良い人間が、ライヴハウスからいなくなってしまうのを見ている。

先日、ライヴハウスで、あるイベンターが、ライヴは良いが客入りの悪いバンドマンに「もっと打ち上げとか行って人間関係作れ」的なアドバイスをしていた。まあ、そういうこった。

 

私は客時代、いつもひとりでライヴハウスに行ってSuiseiNoboAzを観て、ヘトヘトのビッショビショに情動失禁して、「死にたい、孤独だ、SuiseiNoboAzは私を殺しに来る」と思い、その思いを誰とも共有せずに黙って帰った。

 

打ち上げで喋って良い人だったからライヴきちゃった〜 ハハハハハ。

こんな話耳に入れちまったらライヴハウスの客をますます信用できなくなるぜ。もう打ち上げまで残らん方がいいのかも、と思ったけど、私もまた打ち上げでイベンターの人に会ってライヴを一本とってしまった。私もまあ、そういうこった。

 

他人の神様の名前をみだりにとなえてはならない。

宗教戦争が始まる。始めた。始められた。

 

画家が絵を描く前に真っ白いキャンパスを用意するように、料理人が自分の店の店構えにこだわるように、ライヴ屋はハコとオーディエンスと対バンを整えるべきだ、という見解もある。

それとも、どんなキャンパスでも、どんな厨房でも腕を振るえる人間が至高なのだろうか。

 

私は、あらゆる場所で私を出してきて(文学フリマ、ネット、詩の朗読会、ライヴハウス、友人関係…)あらゆる切り口で私のコアを知ってもらって、客をなんとかかき集めた。だから私の客のことは大変信頼している…………いや、どうなんだろう?

私が客を信頼できないとしたら、それは私が「今までの私」を信頼できていないということだ。「今までの私」が、客を集めてきたんだから。

 

客を信頼しなければならない。

ハコと対バンを信頼しなければならない。

私が、紙を信頼するのと同じレベルで。

 

しかしその前にはまず、私が私を信頼しなければならない。

 


 

文中に出てきた小棚木もみじさんと対バンします。

新宿JAMにて19時より。私の出番は20時5分。もみじさんの出番は21時5分です。ちゃんと私のライヴアクトをYouTubeで見て呼んでくれた信頼できるイベンターさんの企画なので、信頼して臨もうと思います。

 

全幅の信頼を置く友人が最高のステージを用意してくれました。

場所もすごく愛着のある場所だし、何より対バンが最高です。こんな経験の浅い私にここまでの大舞台を用意してくれていいのか? ありがとう友人。期待にこたえる

1/16に高円寺ミッションズ。

 

これる人はこの記事にコメントか、ツイッター@RayShibusawaへのリプライかDMか、メールinfo@rayshibusawa.her.jpへ連絡願います。予約してくれるとテンション爆上げになって明らかにアクトが良くなるので、「まあいけたら行くかも」レベルでもぜひ、ふぁぼか応援感覚で気軽に連絡、よろしくお願いします。

コメント

音楽を(多分)好きだけど
の部分の指す、音楽、の定義がそもそも曖昧な気がします
(例外に当たる人たちがあまりにも私的、身近すぎるため論ずるに値しない、普遍性がない)
渋澤さんを目当てとする文学フリマ界隈の人たちからすれば尚更、なんでこの人たちが例外なのかわからないと思います

自分は感覚的にその人たちが例外であることを共有できるけど、それは結局大森靖子界隈を大森靖子界隈と見てしまう感覚と近い気がする

渋澤さんの思う音楽とはって部分を言葉にしてみてほしいす!時間があったら!


ps、自分は渋澤さん、生意気な女だなとは思ってるけど、嫌いだからこんなコメントを残すわけじゃなくて、むしろ言葉をぶつけがいのある面白そうな人だなって思って面白半分で書いてます!

  • 長谷川
  • 2016/12/16 15:25

知り合いじゃなきゃ無視するほどの悪文だったけど知り合いのようなので大サービスで返事します、どうだ生意気だろ。

1.
音楽の定義については絶対に語りたくありません。
別に音楽について語りたくないわけじゃなくて「音楽って何?」「愛って何?」「正義って何?」この手の質問は私はすべて拒否するのです。
すなわち定義が極度に曖昧なゆえ巷の人々に都合良く使われてる概念(私は「ゴミバコ概念」と呼んでいる)に関して「●●って何?」と聞くことは極度に不毛、ポエムっぽさや頭いいこと言おうとしてる雰囲気だけまとわせて質問者はその実何も考えてないことがあまりに多い。

電気信号も音楽なのか、自然音も音楽なのか、とかそういう議論もまったくしたくない。定義づけに一切興味ない。

(ちなみになぜ「ゴミバコ概念」と呼んでるかというと、どう対処して良いかよくわかんない感情に対して「それって愛だよね」「これが俺の正義だ」とラべリングして、考えるのをぶった切って雑に落としどころを付ける人々を見てると、本当はよく味わったら何らかの価値が生まれたかもしれない感情をデカいゴミバコにぶっこんじゃう残念さを感じるからです)

言葉の意味は、「使われ方」にしか現れないと思っています。(すなわち今までの世の中の人が言ってきた「これが『音楽』だ」「こんなもん『音楽』じゃない」「これって『音楽』的だね」という文のすべてを集めたのが『音楽』の意味であり、そんなもん私が口出しするもんじゃない。言葉はめちゃめちゃ公共的なものなのだ)

辞書編纂のバイト中にサボってこのブログコメントを書いてる私がこんなこと言うのは非常に示唆的ですね。

なので、「私は音楽を(多分)好きだけど」の「音楽」は、世間的にふつうに言われてるいわゆる音楽のことだと思っててください。

2.
「渋澤さんが思う良い音楽」、これなら私が好き勝手言える領域です。
すなわち「大森靖子、原田卓馬、小棚木もみじの音楽はなぜ渋澤にとって良いか」という問いに書き換えられると思います。
まあなんていうか、エモいからです。私はエモい音楽しか好きじゃありません。
「エモい」をほかの言葉で言うと、「死んじゃいたくなる」「簡単に死んじゃえそうな気がする」「翻って、生きてるのが稀有に思える」こんな感じです。
大森も原田も小棚木も、ライヴ中、めちゃめちゃ生き生きしてるともいえるし、今にも死んじゃいそうとも言えます。
生き死にのことまで考えて歌っているのでしょう。どことなく宇宙ぽい感じもします。
こんなんじゃ説明になってねえよ、と思うかもしれませんが、説明できないから音楽でやってるのだから、それでいいのです。


質問者さんは1と2がごっちゃになってる点が非常な悪文でした。

で、

3.
「自分は感覚的にその人たちが例外であることを共有できるけど、それは結局大森靖子界隈を大森靖子界隈と見てしまう感覚と近い気がする」

これどういう意味ですか?

  • 渋澤怜
  • 2016/12/27 14:10

(知り合い特権嬉しい)

3について
うまく言えないけど、

AKBオタクが、最近のアイドルは見てられない(前田敦子と指原は例外)って書いてたとして、
同じ界隈にいる人からすれば、
「なるほどね、指原は例外だよな、うんうん」
って頷きながら読み進めることが出来ると思うけど、
その先の話は、彼女らが例外っていう共通認識ありきで読まないと共有できない感覚なのでは
と思う

界隈の中でこの人は別格なのは言うまでもないって論調で進めちゃうと、以降の話は外側に広がらない気がする

その内側でこういう共通認識あるよな?
ってやりとりは、外側から、あぁ大森靖子界隈の感じね
って言ってしまうのと同じことに思える、、、


ここから下は別な話かも


小さいライブハウスに慣れちゃってる人は段々とライブ!の目線が小さい箱前提のモノになってく気がする
新宿の小さい地下ライブハウスの十数人に向けた色々で一喜一憂、あの人はすごいすごくない、聞ける聞けないってやってる間に、
地上は何万人が通り過ぎてるのもったいなくないですか?
って気持ちになりました
渋澤さんのスタイルなら、わざわざ地下の人たち相手にあぁだこぉだ言わなくても良いのに。

音楽を語るとその辺の地下のたいしたことないバンドマンよりも音楽知識の浅さが出ちゃってただのバンギャに成り下がってしまうようで個人的には悲しいです(完全に余計なお世話です)

クレバーで地下バンドマンよりも強い渋澤怜のイメージが、結局ただの同じ穴の狢に思えてしまう
(勝手にイメージづけして勝手に失望しやがってクソがって言われたらそれまでなんだけど、、)


ってところまでを書いて、我ながら余計なお世話コメントするオタク感がすごくて少し嫌になりました

ただ、
1.2に書かれたのを読んで
このブログが「私が好きなモノについて好き勝手書くだけ」ってブログなら、なんか野暮なコメントをしてしまったかも知れないとも思いました

自分は渋澤歴が短いので、その辺はこの記事読めよって話があったらごめんなさい!

  • 長谷川
  • 2016/12/27 17:15

うーん
このエントリ「客を信頼する」において、大森、原田、小棚木の話は完全なる余談でしかなく、私は「余談だけど大森、原田、小棚木は最高だから興味がある人は聴いてね!」っていうバナー広告くらいの意図でしか名前を出してないんだよね。
だからそもそも我々は余談についてあれこれ言ってるのである マジで知り合いじゃないとつきあえない、本旨から外れるツッコミだったのよ君のコメントはちゃんちゃん

(ちなみに長谷川君のご指摘の通り、このブログを読みにくる人は「ライヴハウスよく来る人(界隈の共通認識を共有してる人)<<<<そうじゃない人」だと思って書いてます)

だから、まあ、指原、前田を知らない人間に読ませるアイドル論であり、大森、原田、小棚木を知らない人に読ませるライヴ論です。

別になんも問題なく読めるでしょ? この記事。


で、ここから下はおそらく別な話
そもそも大森、原田、小棚木とかいう身近すぎる人物に言及することで私の音楽知識の浅さが露呈してそこらへんの地下バンドマン以下のよくいるバンギャに見えてしまうというあなたの意見は、完全にそのとおりであると思うが、
まあどうせ私すぐライヴハウスからいなくなると思うよ、と思ってライヴ出てるので、あまり気にしてない

前述のとおりおそらくすぐバンドマンディスも飽きると思う

ちなみに言うと私は詩の朗読会に出てるくせに詩集なんて全然読まないし、ライヴハウスに出てるくせに音楽全然わからんし、実は小説書いてるくせに小説全然読まないし、結構どこにもホームが無い孤立スタイルなんですよ

ただ「音楽の知識なら負けねえぜへへーん」とか、狭いジャンルの中でドヤってる人こと自体がこの時代において不毛だと思っている(エントリに書いた通り、音楽のことばっか考えてるやつの音楽は(たとえ良くても)売れない、生き残れないと思ってる)ので、「私が、音楽のこと全然知らないくせにライヴハウスに出て全然音楽やらずに客を沸かせて帰っていく」というプレイスタイルは大変意義があるんですよ。だから「音楽のことは全然しらないぜ!」っていうのはむしろ前面に出していきたいかな。


私は渋澤死ね、と書かれても大丈夫なので問題ないですよ。そのかわり無視したくなったら無視する、というスタイルです。

  • 渋澤怜
  • 2016/12/27 17:51

文字めんどーい 忘年会やろうー (か、新年会)

  • 渋澤怜
  • 2016/12/27 18:05

この手の話好きですねぇ。そしてどーでもいー!

ですが、それも全て好きからくるものなのでしょうね 。ボトムを支えるのではなくて、トップをもっと引き上げる感じ、素敵です 。

  • かしわん
  • 2017/01/29 05:41
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