たたえた孤独の量が違えんだよ、貴様は芸術やらない方が幸せだ

いまいちなライヴをすることでこんなに落ち込むということを学んだ。この落ち込みを乗り越えてライヴを重ねてきたすべてのバンドマンに敬意を感じる。

 

正直、11/1のライヴがなんで良かったのか、何をもって良かったとされているのかわからないし、動画を見てもその「良さ」というのはサッパリ映っていない。

今日のライヴも、何をもってしてダメとジャッジされているのか、なんでダメになったのか、サッパリわからん、ただ初見ではない客何人もに「すごく緊張してたね」と言われた。確かに緊張してた、全然楽しくなかった、魔法で時間が伸び縮みしているような、勝手に身体が動いていく様を幽体離脱した魂が少し後ろで観ているような感じが、なかった。客の目も見れなかった。私が呼んだ客が沢山いたのに全然安心できなかった、謎だ。

ATフィールドを張ったのは私か、君たちか、あるいは場か空気か。

自分が呼んだ客が、他の弾き語りシンガーのチケットを買っていてすごく腹が立った。普段ならこんなことでは全くイラつかないのだが。みんな違ってみんないいし、他人のことなんてマジどうでもいいのに「私が一番面白い! 私が一番面白い! 頭良くて何が悪い!」とずっと脳内で言ってた(終盤は声にも出してた)。

一番もクソも無えしこんな井戸の中の蛙で何を言っても完全に無意味で、まったくもっておかしかった。終演後に私以外の弾き語り女子がみんなでご飯食べに行ってるのをSNSで知り変な打撃を受けた、それこそいつもならこんなことまったく気にしないどころか「ハッ! あのアクトみて私に興味持たないようなセンスの無いやつはこっちから願い下げじゃ! ライヴやると人間のソートが速くできて便利便利」とか言ってられるのに、どうした、私はステージに乗ってれば最強のはずではなかったのか、11月は全部変だ、

ゾロ目の月は矢張り気をつけねばならない。

 

 

工藤ちゃんは毎日、というか下手したら1日2本ライブをしている。なんだか色気がダダ漏れている人だった。神秘の生命体だった。(参考:渋澤がセクシーとか色気とか言ってるときはこういう感じで褒めてる)

サブカルとか言って自分や他人をカテゴライズしてセーフとかアウトとか言いあう手遊びは飽き尽くして私は真に自分と、自分の超大好きなものにしか興味がない。そして自分も、自分の超大好きなものも唯一無二だからカテゴライズとか永遠に要らない。のに、大森靖子フォロワーとか弾き語り女子界隈とかいう地獄みたいな単語を聞いてしまった。もう二度と聞かねえからな私は。

 

自分を説明する時に使う固有名詞は少なければ少ない方が良い。3つくらいそろうともう「ああ、それ系好きな人ね」って言われる(大森靖子、最果タヒ、はいもうリーチでしょ)。

すぐに「●●さんて知り合いですか」とか「このイベントはどこで知ったんですか」とか言ってカテゴライズしてくるプロファイリングしてくる警察かよ、ただ声色を味わえ。水野しずどう思いますかじゃねえよ自分の話しろ。

知り合いのカップルを見ながら、あーいーなーとか思う(とても心が弱っていたのだ)。こんなに削れるのなら、一刻も早く全肯定してくれる存在を作らないと、削られ尽くして終わる。バンドメンバーか彼氏が早急に必要、それかライヴやめるか。そして私はこのままじゃきっと小説も書けないだろう。

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