浅く他者とつながるネット回線を切って、心の黒い穴を深く深く掘って同じ誰かへとつながるトンネルを作りたいんだよ

小野美由紀さんのブログをすごく良い気持ちで読んでいたのに、LINE通知が来てぶち壊しになってしまった。2,3日に一度、運よく調子の良いwifiスポットのカフェに立ち寄った時しかネットが出来なかったスペインが丁度良かった。帰国後に早速ネット疲れ、LINE疲れ、告知疲れしている。

 

本当は小説が書きたい。3年前に書いて、でもなんだかあんまり愛せず軽い虐待みたいな扱いをしていた小説「世界ちゃんとバラバラ・ガールズ・ディストピア」(愛せなかった理由は、それまで二連続二次通過してた文藝賞の一次審査も通らなかったこと、ブランク後だから筆がなまっていたこと、普通に構成が甘いこと、文学フリマで全然売れなかったこと、そしてうタイトルが超村上春樹臭いなと後から気づいて嫌気がさしたこと(私村上春樹あんまり読んでないのに...)などだ)を、久々に読んで、ああ私はなんてせつない話が書けるんだろう、これを書いた人の孤独の量すさまじすぎだろと思った。ひたすらにエモかった。この小説は愛されるに足ると思った。

 

小説を書かない時間がどんどん長くなっていく。

小説を書かない時間が長くなると、「今しか書けない小説を、書かずに、『今』を捨ててるな」と思い始める。それは、毎月、孕むかもしれなかった子のために準備した子宮内膜がだらだら流れることが日常化してるのと同じような感じ。

 

ライヴも楽しい。観るのも演るのも楽しい(観るより演るほうが5億倍楽しい)。

旅行も、超楽しかった。

でも、心の中に勝る旅は無いのだよ。

 

書いてると、気が楽になる(今も楽になってる)。小説は、自分でも見たことの無い自分の背骨をズルッと引きずり出す行為だから超しんどいけど超楽しい。そして怖しいことに、自分が見たことのない自分を出すから、自分が知らない自分の欲望や、自分の未来の姿を予言することもある。(6年前に書いた「ロシアンガンジャ」を久々に読んだら、登場人物の一人が、私が数か月前に付き合った男とディテールが予言レベルで一致しており、青ざめた)

 

そして小説を書くのは、いかんせん自分の背骨を引きずり出す行為だから超―――時間がかかるのだ、準備も本番も。私はマルチタスクできそうでできないタチで、速効性の高いブログやライヴの後はすぐエゴサやファボ中毒になってしまうし、イベント前は告知中毒、イカした告知文書くことやMC何話そっかななんてことで頭がいっぱい。

常に頭がそわそわしてる。(明日は文学フリマ、明後日は念願のライヴハウスでのライヴなのだ)

「私は、書くのより売る方が好きなのか?!」と自己嫌悪に陥る。でも告知やめられない。イベントの「仕込み」をやめられない。

 

もう、小説を書かない時間をこれ以上長くしたくない。でもライヴやってるとライヴに気がそれてしまう。当たり前だ、こんなに手っ取り早く注目してもらえるんだもん。

小説は、半年かけて書いて、文学賞に応募して、落ちて、ネットにあげたり製本してみんなに読んでもらう頃にはもう完全に過去のものになってるしリアクションもなかなか届かない。ライヴはリアルタイムなのだ、目の前で客の顔が見えるのだ。

 

浅く他者とつながるネット回線を切って、心の黒い穴を深く深く掘って同じ誰かへとつながるトンネルを作りたいんだよ

 

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