神様のエゴサーチを案じる信者と、信者のこと(を/しか)考えない神様

「俺の神様を性的に汚れた目で見ている女がいる、穢すな」という男と、

「私が私の神様をこっそり性的な目で見ているのを神様に告げ口する男がいる、余計な真似をするな」という女が、

なぜか両方とも私に不平を訴えてくるのであった。

 

はっきり言えるのは、神様はめちゃめちゃ強くて、自分の意志で神様になってるし立たなくていいステージに何度も立ち続けて神様を続けているしセルアウト(布教)のためならどんな流れ弾だって受けるということだ。

 

弱いのは信者の側で、要は

「自分に都合のいい神様でいてほしい」

と願っているだけだ。

 

強い信者であれば、神様のセルアウトを心から喜べるはずだ。

たとえ浅い信者だろうが腐った信者だろうが、信者の増加自体を喜べるはずだ。だってそれが神様の真の願いなのだから。

 

仮に、仮に、神様が弱かったとして、それは信者がビービーいうことじゃない。

 

あのさ、ハッキリ言えば?

「神様がかわいそう!」「神様が弱いから我々が守ってあげなきゃ!」って言ってるのが気持ちいいんでしょ。善人ぶって、実は自分に都合のいい信者コミュの平穏を保ちたいだけでしょ。神様の名を借りて、外敵排除したいだけでしょ。

 

あのね、ハッキリ言おうか。

神様を持っている時点で絶対にキモい。キリスト教だろうがアイドルだろうが絶対にキモい。お前はキモい。

アイドルに処女でいてほしいとか無垢でいてほしいとか性的対象にされていることに気付かないでいてほしいと願うオタクもキモいし、●●君はアイドルじゃないんだから性的対象として見るのはかわいそうとか言ってる女もキモいし、女の子はみんな可愛いというオッサンも、猫はみんな可愛いとわめく人間もキモい。

 

でも別にいい。みんなキモくていい。でも自分のキモさを分かってない人間は度しがたくキモい。

 

そうだな私の神様を教えようか。おそらく男全般の中に神様を見ている。だから私は全人類の半分に対してうっすらとキモいし、全人類の残り半分にはすぐいちゃもんをつけてくだらぬ信者間闘争を始める。

 

私は私の神様にめちゃめちゃ強くあってほしい。どんな信者だろうが受け入れてセルアウトのために前だけ見ていてほしい。

 

そういう意味で、全てのステージに立つ者に『男らしさ』を求めてしまうのが私の性かもしれない。

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