目なんか見えなきゃよかった 〜ダイアログ・イン・ザ・ダーク(暗闇体験)に行ってきた

ダイアログ・イン・ザ・ダーク

http://www.dialoginthedark.com/

 

『ダイアログ・イン・ザ・ダークは、

暗闇のソーシャルエンターテインメントです。

 

参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、グループを組んで入り、

暗闇のエキスパートである視覚障がい者のアテンドにより、中を探検し、様々なシーンを体験します。

その過程で視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づき、

そしてコミュニケーションの大切さ、人のあたたかさを思い出します。』

 

 

 

「あまりに感動して、次は父母を連れてきた」とかいう感想を見て、

「人生観変わるかも」レベルで期待してたので、正直そこまでではなかった。

 

暗闇で横になった時思い浮かんだのは寝室の天井で、

つまり日常でこのポーズでこの暗さを味わう時が、単に連想されただけだった。

 

暗闇の中で二人組になって話した時「どこ住んでるんですか」と聞かれて面倒臭えなと思ったのもいつも通りだし、ピースボートに乗ったと聞いて「うっわ」と思ったのもいつも通りだった(わたしは市古憲寿氏の「希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想」を読んでピースボートにはロクなイメージが無いのだ)。

 

別に暗闇だから距離が縮まって人とのあたたかみがうんたらかんたらなんてことは無いのだ(もしそれが真なら全盲の人は全員人格者だ)。私の心の壁は健在なのだった。

 

ただ、人との物理的距離はめちゃめちゃ縮まった。

純度100%の暗闇は、日常には絶対無いもので、めちゃめちゃ不安だから触るか喋るしかない。そろそろ歩きだから皆近くにいるって分かってるのに距離感が分からなくなり異常に遠くにいる気がして何度も呼び合う触り合う。

 

ブランコに乗るとめちゃめちゃ酔った(そもそもブランコがあると分かり、乗るまでに相当時間がかかる)。

お菓子が運ばれてきて、触って、嗅いで、食べても何か分からない時の味わいはとても豊かなのに、何か分かった瞬間に視覚情報が連想され既知の、つまらない味になるのが新鮮だった。あとワインは赤か白か分からなくなるそうです。

 

怖いのは初めの5分だけ、90分の暗闇体験が終わった後は、ひたすら暗闇が名残惜しかった。あーまたいつものクソコミュニケーションに戻っちゃうんだ。このテーブルはどんな形なの?! 私たちはどんな陣形で座ってるの?! ってことだけで30分話せる機会はもう無いのだ。この人いい声だなとかこの人すべすべだなとかいうことがどうでもよくなり、単に美人が美人の世界に戻ってしまうのだ。

 

目なんか見えなきゃよかった、と何度も思った。

目なんか見えちゃうから音楽は音楽でなくなるし、料理は料理でなくなるし、服と化粧と見栄ばかりの世界になってしまうんだ。

当たり前だが身体感覚は目が無くてもある。(目をつぶっても腕を曲げている感覚、空腹感、かゆみなどは当然わかる)。もっと身体感覚にフォーカスして生きていきたい、胸糞悪い時って本当に胸糞が悪くなるんだよ、恋してる時は本当に息が詰まるんだよ、完全に揃った楽器の音は波を飛ばして震えを起こすんだよ。

 

あ、でも、目が見えないと文字が読めない。文字が書けない。

それだけが、惜しいと思った。

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL