片想いは宗教 〜純粋無垢な「君」への愛を歌う少年は 処女を抱きたがるおっさんへ滑らかに移行する2〜

『純粋無垢な「君」への愛を歌う少年は 処女を抱きたがるおっさんへ滑らかに移行する』という記事の補足です。

〜ここまでのあらすじ〜

純粋無垢な「君」フォーマットを使って少女への恋を歌う少年は、処女ばかり抱きたがるおっさんと紙一重だ。つまり少女を純粋無垢な存在に祭り上げて中身をよく知ろうとせず、ただ「君に教えたい」「君に伝えたい」「君は知ってるかな」と歌ってばかりいる様が。まーあ居酒屋によくいる若い女の子に説教垂れてるおっさんに少なくとも酷似している。
 
 
 
しかし、少年の恋が、透明な存在を対象とした深みの無いものだからといって、必ずしも悪いものだとは思ってないんだ、ってことを、私は一応言っておきたい。(タイトルが悪意過ぎたので)
 
この世にきれいなものがあると信じようとする態度は崇高で、それはつまり宗教だ。片想いは信仰で、宗教で、神を作る行為だ。
宗教をもたない奴なんていないし、前向きに美しく生きるツールとしての片想いはアリアリだ。ただし、生身の人間にこの純粋無垢な神フォーマットを押し付けない限りは。
そう、秘めたる片想い。
相手を神のままにしたいならば近づいてはいけない。話しかけて、自分の理想をはめこもうとしてはいけない。(見過ごされがちだが、実は「バンドマンとは付き合うな」という小説はこのことを書いている)
 
まあアイドルとかも、生身のいたいけな若い女の子に相当の負荷をかける仕組みだとは思うけど、それでもまあ、粘着質なファンやストーカーにならない限り、ファンというものは美しいと思うよ。
 
女の子を神格化する歌を歌い少年性を体現する男から神託を得ようとする私……を神にしてくれる奴はいるかな。いやいても完全にキモいからいいけど笑
 
多分私は少年になりたかったんだと思う。
「なりたいものに恋しちゃいけない」って誰かが言ってた。
「己を肯定しあえる者と愛し合え」と。この辺が私の歪みのキモなんだよ。知ってる、でもここからすべてのエモも小説も湧いてる。
 
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