「僕が太って禿げたら殺してくれ」という青年の叫びに見る少女性

~ここまでのあらすじ~

若い女っていうだけで安易にちやほやされて調子に乗り、

強くなることや頭を鍛えることをサボってしまうことに危機感を覚えた渋澤は、

「脳からちんこ生えるまでセックス禁止」活動(略して脳ちん)と題して、

水商売を辞め、セックスとツイッターと慣れ合いのおしゃべりを禁じ、

家に引きこもり読書にふけり、新聞配達で日銭と体力を蓄える生活を始めた……



引き続き面白かった本や映画等を紹介します。脳ちん活動定期報告。


【愛と幻想のファシズム】(村上龍の小説)

 

近所のファシストが貸してくれた。

超ウルトラめったくそ面白かった。

 

ひとりのカリスマが、軍を持ち日本人の誇りと強さを唄う(という意味で右翼的な)政治結社「狩猟社」を作り、日本と世界のトップにのぼりつめようとする話。

 

政治小説とも歴史検証小説とも経済小説とも読める壮大な話だけど、

わたしはただ単に純文学として読みたいなー めちゃめちゃ面白い純文学として。

 

何か超越的なものに近づこうとして、導かれるように日本の権力を握っていく主人公だけど、結局雑然としたこと(権力者におもねったフリして裏切るとか、組織がでかくなるにつれて起きるごたごたをうまく諌めるとか)に倦んで、「別に俺革命したいわけじゃねえし」ってなってく

革命みちなかばでこの小説は終わるんだけど、別に革命成功してもいいししなくてもいいしどっちでもよくて、主人公の中ではもう終わってるんだなってかんじでした。だから政治小説ではなくて。

 

先ほど書いた「超越的なもの」というのは、狩りを精神的中心におき「俺はハンターだ」と自己定義する主人公にとって、「幻のエルク」という獲物で象徴されてるんだけど、まあこのちょいちょい挿入される狩猟話がめちゃめちゃ面白いのだ。耳がきーんとなって静謐な世界に飛んでって、日本の夏の音とか全然聞こえなくなる、厳寒のカナダの雪原に一瞬でトリップしてしまう感じ。わたし的にはこっちが主眼だと思っちゃうくらいだ だからやっぱり普通の純文学だと思う

 

と同時に女の私にとってはポルノでもあった、というのも、

 

へなちょこ日本で「強くあれ」「獲物を狩れる者が生き残れる」とうたい、狩りで鍛えた強い身体を持ち、演説もうまーい主人公はめちゃめちゃ格好良くて終始「鈴原冬二に抱かれたーい!」と思って読み進めていた ハーレクイーンかよ

 

いやでも、これは冗談ではなく結構大事な論点な気がして。

なんか「強くあれ」って演説するけどさ、民衆がアホで弱いからこそ鈴原になびいてるわけで、なんか矛盾するんだよねー。

 

この小説をポルノ扱いして「鈴原冬二に抱かれたーい」と思いながら読むことはもちろんあんまし良いことじゃないと思うが、でも、絶対そうなるように書かれてるし、そのように書かれることこそファッショな気もするし。

 

残念ながらベッドシーンはほぼ無いに等しいですが、殺したての獲物の火傷しそうな心臓を取り出す瞬間のエクスタシーの方がセックスの何倍も気持ち良いそうです、鈴原さんいわく。なるほどー

 

 

【魂の昭和史(新書)】

 

なんかすんごい分かりやすいしエモーションがあって良い教科書だった。まさに魂。

 

「○○事件がありました」じゃなくて、「日本人はどうしてもこうしなきゃいけない状況にあった/どうしてもこうしたかった(から、こういうことをしました)」というように書いてあるので、たとえ「○○事件」の名前は忘れても、ちゃんと歴史が理解できる本なのだ。

 

なんかマッドマックスの話と通じるなー(世界設定の説明なんてどうでもよく、テーマが伝われば良い、というあたり)

 

現代史って世界史の授業だとすっ飛ばされがちな割に日常で引っぱり出される回数がすごく多い知識だから、手っ取り早く最近の日本のこと知りたい人超おすすめ。かなり初級な内容です(が私はちょうどよかった)。

 

(でも、エモーションがあるからこそ、こういう本は鵜呑みにせず何冊か読んでバランスをとった方が良いのかもしれないな……。)

 

 

【天才でごめんなさい】(会田誠の同タイトルの展覧会の画集)

 

あー展覧会いきたかったよー。

 

会田さんというとエロとかグロとか美少女のバカテク絵画のイメージが強いかもしれませんが、そしてそちらももちろん超面白かったのだが、意外と戦争をモチーフにした作品が多いのだ。

 

なんか戦争とか歴史とか考える時って、「なんか大変なことがあったみたいだけど私経験してないしよく分からない、責任だけ問われても困る…」とか、「歴史が全然動かない退屈な平和の中にいると、歴史が動いてる時に居合わせた人のことちょっと羨ましく思っちゃう」とか、「軍服とか戦闘機とか格好良いし、震災後もそうだったけどなんか廃墟とか焼け野原とかわくわくしてしまうし、この不謹慎な気持ちはなんなんだろう」とかいうもやもやした気持ちが立ちこめてすぐに逃げてしまう私なのですが、その気持ちこそを作品の主題にしてくれてることにとても救われました。

 

「太平洋戦争っていうものに、本当は実体感のあまりない、なにかノスタルジーのようなセンチメンタルなものを感じる」

 

「物心ついたときから時間が腐ったような太平の世にあって、こんな日本でポリティカルな作品を作るのは基本的に不自然なことでしょう。でも考えようによってはその太平の世こそ異常な時間なのかもしれません」
こういう言葉が画集に書いてある。
でもやっぱり太平の世にいる者として太平洋戦争について考えぬいた会田さんはすごいな。
 
戦争画RETURNSという連作の最後に「たまゆら」という、爆発だけ描いてある絵があるのですが、その解説として
「このシリーズで最後に描いたもの。僕にとって太平洋戦争とは、煎じ詰めれば「意味」でなく「叙情」なのだと悟り、そのひとつのサンプルとして描いた。」
 
と書いてあった。いろいろ考えてそこに辿り着いたのか、ふむう。と思った。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
…なんかこうやってみると、戦争とか歴史とか日本についての本ばかり読んでるように見えるけど、完全に偶然なんだよね。
しかし自分について考えるの飽きたので、日本とか日本人とか「私達」について考えるのにはちょうどよいタイミングかもしれない。
でも相変わらず、ノンポリもノンポリ、何も知らなくて何も考えてなくて恥ずかしいほどのノンポリです。渋澤怜トュービーコンティニュード。
コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL