7月の底辺

 珍しく日々のことをば。

暑過ぎて思考が溶けるのも早いから冷めないうちにどうぞ(矛盾)




最近は身体中かゆくてかゆくて困っている。原因不明。
皮膚科に行っても春には「季節の変わり目ですから」と言われ夏には「汗をかくようになりましたからね」と言われ、
むしろ「原因不明です諦めてね」って潔くいってくれよむかつく!

このかゆみは実は……、見えない冬毛が夏毛に生え変わってるんじゃないか。
あるいは中の人がむずがってるんじゃないか、古い皮膚やぶって何か出てくるんじゃないか?! つーか進化か?! 
というくらいかゆい。
なぜか夜になると体中が漠然とかゆくなり、30秒に一回はどっか掻いてるという始末で本読んでも何しても半分くらいしか集中できない。これは生産性に甚大な被害だ!!

髪の毛一本触れただけでも粟立つようにかゆくなる。むろん髪の毛縛らないとやっていけない。
暑いから扇風機つけたいけど扇風機つけると風で髪があたるとかゆくてしかたないので困る。
メリットと言えば、吸われる前に蚊を殺せることくらいだ!


かゆいと言えば太宰治の「皮膚と心」っていう短編の中で主人公が「痛み、かゆみ、くすぐったさの中で一番耐えがたいのはかゆみだ」と言っていて、わりとうなずけるものがある。痛みは域値を超えたら失神できますものね。
ちなみに太宰の女性一人称モノの中でも特にルサンチマンうずまいてて面白いよ、皮膚病になった女性が主人公。身体中に赤いぽちぽちができて、もう死んでしまおう、とか、私はブス出し年増だしもらってくれた夫にも申し訳ないからこのまま消えてしまおう、とか、なんとか悲劇のヒロインぶって難しいことを考えて、でも医者いったらあっという間に治って照れ臭くなる、という話。
すぐ皮膚を病む私にとってはフェイバリットな一本です。あと、小学生の時作文が雑誌に載ったばっかりに舞い上げられて自意識こじらせてしまった元・天才文学少女の話「千代女」もね。似たような意味でね。

あーかゆい。そう言えば川上未映子さんが何かの本で、「人生の中で良い気持ちと嫌な気持ちを味わう時間を比べると、後者の方がずっと多い」と言っていたよ。
確かに前者を示す言葉(気持いい、あったかい、すずしい、おなかいっぱい……)より、後者を示す言葉(あつい、さむい、かゆい、疲れた、眠い、狭い、べたべたする、イライラする、きつい、臭い……)の方がすぐにいっぱい思いつくよね。

生活、というものが、不快による気持ちの凹みを埋める営みだとしたら、どんなにネガティヴなものだろう。おなか減ったからご飯食べる、汚いのやだから掃除する、あついのやだからクーラーする、クーラーの風が直接当たって気持ち悪いから風避けつける……。
そうやって身体のシグナルに振り回されて人生の時間の大半が埋まって来るんだよなあ、って思うと、そんなのはささっとこなしてしまって不快が無い状態で更なる快情報を積み上げていくところに到りたい、と思うんだけど(例えば本読んだり映画観たり)。というかそもそもこの二分法が不幸の元なのかもしれないけど。でも家事を楽しめばいいじゃない! とか能天気な人は言うかもしれないけど私どうあがいても本読んだり映画観たりする方が好きだし。

なんだかんだ痒かったり持病が多かったりして週3でどっかの病院に行ってる日々ですがそんな私の7月の目標は「生き延びること」。小説を書くというところまで行けるとも思わない。このままだと痒くて失神する……。
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