私あなたが好きvs誰でもいいの

 「銀座流売れっ娘ホステスの会話術」という本に「女性の魅力を半減させるのは『妬みと嫉妬』『孤独による寂しさ』の2つ。この2つは絶対に避けなければいけないしそのためには忙しくするかない」と書いてあり、そこが一番グッと来た。

しかし寂しいからこそ人に会いたい愛されたい、だから女性としての魅力を持ちたいと思うわけだしなんだか無間地獄に落ちている気もする。

 

なんか昔から私は人に会ってもほとんどの場合全然孤独が癒えなくて、唯一癒える最強の手段が紙の上に文字を書くことで(だから今もしてる)(ちなみに癒やし度は日記<ブログ<エッセイ<小説と高くなるのだがお手軽度はそれに反比例する)。

だから寂しくても、「寂しい→人に会う→紙から離れるのでますます寂しくなる」という負のスパイラルを繰り返してしまい、結局家で日記書いている時が一番落ち着くのだが、それでもやっぱり寂しくなってしまいじっと椅子に座っていられず出掛けて、また人に会っては寂しくなる。小説を書くのが一番有効な寂しさ解消法なのだが、まあだいたいそんな精神状態の時は落ち着いて小説も練れない、という負のスパイラルである

 

 

自分は最近本当にものすごくたくさんの人に出会う(事務員時代よりフリーターの今のほうが流動的だしセレンピディティにも恵まれてる)のだけれど、「誰の心にも深く入り込めない私は何人と出会っても全て無駄なのではないか」「自分は誰とも深い関係を築けずに一生を終えるのでは」みたいな懸念がとてもある

 

別に誰とも深い関係を築けずに一生を終わってもいいのかもしれないし友達いない奴は不幸とか未婚者は負け組とかそんなことはさらさら思わないのだが、でも「一生紙とペンだけが友達さ」と言えるほどタフじゃないし小説に骨を埋める気概も見込みも無い ていうか人並み以下だがそれなりに寂しがり屋なのでまじで(小説を書く以外の)寂しさマネジメントは重要任務である

 

 

片手の指の数ほどでもいいから深く仲良くなれる人が欲しいと思っている(いや一本でもいいのかもしれない)

 

と同時に、相変わらず初音ミクになりたいコンテンツになりたい不特定多数に気に入られたいイタくてもディスられてもいいから注目されたい面白がられたいファボられたい炎上したい記号になりたいモテたいヤリチンの撃墜マークの刻み一個になりたい、スーパーのラップに包まれたグラムいくらで量り売りされる鶏肉みたいな存在になりたいと、同じくらい激しく思っている

 

多分後者は前者の邪魔をし、前者は後者を疎かにさせるが、まあ人生は長いので両方やれるのではないだろうか、というか両方やっていない人間なんてこの世にいないはずである

 

 

 

昨日私のブログで触れた最近結婚した女歌手、今日はステージ上で客とキスしたそうだ。

前者の夫より後者のファン? 最高である。



 



大森靖子 夏の魔物 20140721

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