片想いは宗教 〜純粋無垢な「君」への愛を歌う少年は 処女を抱きたがるおっさんへ滑らかに移行する2〜

『純粋無垢な「君」への愛を歌う少年は 処女を抱きたがるおっさんへ滑らかに移行する』という記事の補足です。

〜ここまでのあらすじ〜

純粋無垢な「君」フォーマットを使って少女への恋を歌う少年は、処女ばかり抱きたがるおっさんと紙一重だ。つまり少女を純粋無垢な存在に祭り上げて中身をよく知ろうとせず、ただ「君に教えたい」「君に伝えたい」「君は知ってるかな」と歌ってばかりいる様が。まーあ居酒屋によくいる若い女の子に説教垂れてるおっさんに少なくとも酷似している。
 
 
 
しかし、少年の恋が、透明な存在を対象とした深みの無いものだからといって、必ずしも悪いものだとは思ってないんだ、ってことを、私は一応言っておきたい。(タイトルが悪意過ぎたので)
 
この世にきれいなものがあると信じようとする態度は崇高で、それはつまり宗教だ。片想いは信仰で、宗教で、神を作る行為だ。
宗教をもたない奴なんていないし、前向きに美しく生きるツールとしての片想いはアリアリだ。ただし、生身の人間にこの純粋無垢な神フォーマットを押し付けない限りは。
そう、秘めたる片想い。
相手を神のままにしたいならば近づいてはいけない。話しかけて、自分の理想をはめこもうとしてはいけない。(見過ごされがちだが、実は「バンドマンとは付き合うな」という小説はこのことを書いている)
 
まあアイドルとかも、生身のいたいけな若い女の子に相当の負荷をかける仕組みだとは思うけど、それでもまあ、粘着質なファンやストーカーにならない限り、ファンというものは美しいと思うよ。
 
女の子を神格化する歌を歌い少年性を体現する男から神託を得ようとする私……を神にしてくれる奴はいるかな。いやいても完全にキモいからいいけど笑
 
多分私は少年になりたかったんだと思う。
「なりたいものに恋しちゃいけない」って誰かが言ってた。
「己を肯定しあえる者と愛し合え」と。この辺が私の歪みのキモなんだよ。知ってる、でもここからすべてのエモも小説も湧いてる。
 

WINDOWZと原田卓馬を褒め称えるブログ〜少年は死にそうで観てるのが辛い、早くおっさんになって死ななそうになってくれ〜

JAMFES2016・5日目、
ライブハウス行くの辛いしんどいと言いながら、今にも死にそうな男たちの生の切り売りを目撃し続けてる我々ですが、
しかしWINDOWZというバンドだけは観てて全然辛くない。
多分、バンマスの原田卓馬がいい感じに「おっさん」になってきたからだ。
 
少年性については以前のブログに書いた通り、
「ここではないどこかに行きたい」「今の自分よりもっとでかい自分になりたい」「止まるくらいなら死んでやる」などの精神性のことで、
要は「自己否定」「肯定できない自分になるくらいなら死んでやる」という原理なんです。
だから観ていて非常に辛い。「こいつ、いつ死んじゃうかわからない」って思う。
 
一方、原田卓馬は、生きようとしてること自体の肯定というか、生きるか死ぬか悩んだ結果生きること自体は腹に決めたという男の態度で、まあまず死ななそうだし、客を殺しにも来ない。むしろ生きてることを肯定してくれる。愛されてる。もっと生きようと思える。
 
注意してほしいのだがこの原田卓馬のおっさん性は、
「毎日の仕事辛いけど金曜の夜にはビール飲んで酔っ払ってストレス発散、子供のころ夢見た大人とだいぶ違うけど今もそんな悪くないよね」的な奴隷精神、唾棄すべき安易な現状肯定とは完全に一線を画するのでご注意いただきたい。
 
そんなひねくれた言葉をこねくりまわして言い訳しないと生きられないクソ大人のことも丸め込んで原田卓馬は「ごちゃごちゃうっせえ、やりたいことやれ! 生きろ!!」って言ってくれると思うけどね。
 
さあ、原田卓馬に救われに行こう。
 
5/5(今日) 23:45 NINE SPICE
5/6(明日) 15:40 JAM
5/71(明後日)1:00 NINE SPICE
 



奇跡のDTP力を持つ原田卓馬が作った「WINDOWZの出順が分かるリストバンド」と、
4度風呂に入りいよいよボロボロなJAMFESリストバンド。
 
奇跡のDTP力といえば、
拙著「スカートとツイートは短い方がいい」の装丁を手がけてくれたのも彼だ。


 
JAMFES中はスカツイをたくさん持ち歩いてるので、
シブサワに会ったら気安く声かけてくれ。安くします。
 
奇跡のDTP力を持つ彼に仕事を依頼したい場合はこちらだ。
 
何の宣伝か分からなくなってしまったがとにかくみんなでWINDOWZに救われに行こう。
 

死んだ文字を書く物書きは 生き過ぎるほど生きるバンドマンに永遠に嫉妬する

JAMFESで会ったら本をあげる約束をしている男の子がいた。
しかし彼のライヴがあまりに良くて、ぐっしょぐしょの汗で顔をきらきら光らせた彼がステージから降りて私の横にしゃがみ込んで来た時、私は本を渡せなくなってしまった。
 
彼は今20分老いた。
生きるための貴重な燃料を燃やして我々を殺し、また蘇らせた。
 
本はもとから死んでいる。
私は彼に、家で椅子に座って一時間やそこらじっとして私の本を読んで欲しく【ない】と思ってしまった。
 
今生きている人に生きていて欲しいと思った。
君の熱量は君の仕事をするために使ってほしいと思ってしまった。
 
 
 
こういう理由で、私は自著の扱いが極めて雑である。
 
 
 
物書きは常に、瞬間芸術屋に嫉妬する。
なぜ、ライヴハウスに行くと落ち込むとわかっていても、何度も行ってしまうんだろう。
君を生かすため、君の今を見届けるために、常に死んでる文字を書きつけるだけの私は自分の仕事は後回し、自分をスポイルする。
そして今日もやるべきことをやれなかった、と、落ち込む。
 
唯一の解決方法は、君を主人公にした小説を書くことだ。そしたらすべては「取材」という名の下で救済される。
 
 
 
こういう理由で、私は彼氏ができないのかもしれぬ。
(昨日言われた)
(何でも書かれそうで怖いって)
 
書くことが最大の愛情だって、なんでわかんないんだよ?!!!!!!
 
 
実はライブ中、私の顔だってぐしょぐしょの涙できらきら光っていたはずなのに、客電の暗さに紛れ、誰も私に惚れない。
 

「バンドやろうぜ」と結婚と出産

バンドは生ものだしすぐに腐る。彼らは老いに追い立てられ、勇気をもって(勇気を失って)解散する。長く続くことがよしとも限らぬ、ここで死ねば伝説になれるの? より良い住処を探すから、誠意のあるやつこそexがたくさんつく。

いつ誰が抜けて終わるか分からぬ、全てが限定品だから、私たちは必死に「今」観る。
でも同時に私は思う、私は私の人生を追えてるのか? 
私もまた老いに追い立てられ、確実に何かがex
したり活休したり解散してる。
確実に明日書けない文章があるのに今日バンド観に行った夜が何度あったね。
ひとりで活動してるから忘れがちだね? 私も生ものだしすぐに腐る。




自分を愛せないと他人も愛せないって確実にこういう意味だね。
私は自分を腐らせてでも相手を活かしがちだ、これは実は愛ではなく自己のスポイルの大義名分にあなたを使っているだけです。


なんか私男の子を産んだらヤバい気がする。
 

君はステージでおっぱい出す女の子がいるバンドをディスるかもしれないけど、彼女だって家で無料で無限に観れるAV女優のおっぱいと戦ってるんだぜ

昨日は、初めて行った詩の朗読会がとても面白かったのでつい長居してしまい、JAMFESに戻っても目当てのネイチャーデンジャーギャングというバンドを最後の一分しか見ることができず、残念だった。ああいう、動画で観ても分からなそうなものはググらずに生を観に行くことにしてるのだが。
 
逆に言うと、動画で観て意味分かっちゃうものは、ステージでやってるのをわざわざ観に行く意味はない、と言ってしまえるのかもしれない。
 
「YouTubeタダで観てないでライヴに来いよ!」って言って格好つけてる気になってるバンドマン諸兄は、その前にもっとステージでやることありますよね。
「生には生にしか無い良さがある」とかのたまうんじゃなくてさ、その「生にしか無い良さ」は2000円払う価値があるのか? ということだ。
 
そういう意味でチェキとか握手とかやってるアイドルやそれに似た人々、何も悪いことはしていない。
 
私は今回、インターネット上にすでに書いた、もちろん無料で読めるツイートを寄せ集めただけの本を作ったのだが、装丁クソ可愛いしタイトルもキャッチーだし、アーカイブとしての物的存在感は意識して高めた。あと値段も安めにした。
 


もし
「ネットでタダで読めるから本はいりません!」
って言う人がいたら、
「賢い! その通り!」
っつって大人しく引き下がるわ。つうか文学フリマでもそんなこと言ってる人いたわ。全然アリだわ。
 
さて、昨日の話に戻ると、先に行った詩の朗読会と、後に行ったライブハウス、客層も雰囲気も違うけれども、私にとっては「声や言葉を聴くハコ」という点で共通していた(ちなみに入場料も両方2000円だった)。
 
前者は、当たり前だが言葉一本で勝負する人たちが言葉をビンビン飛ばしてくるので、言葉大好きな私には嬉しかった。ただし言葉以外の不純物がほぼ無いので、濃くて疲れる。ボケっとしてるとすぐ「聞いてない」状態になる。ま、授業みたいなものだ。生徒をぼけっとさせないために、定期的に声色を変えたり、間をとったり、何らかの「言葉以外のブツ」を入れる必要がある。あるいはリズムやら音程やら、音楽的要素を取り入れることもある。取り入れ方がうまい人は最後まで集中して聴ける。
 
一方、後者は、ぼけっとしててもリズムも音も溢れて楽しませてくれるから脳みそ低速運転に身を任せてすぐにハッピーになれるのだが、いかんせん不純物まみれなので言葉が全然聞き取れない笑  歌詞が良いバンドってすごい勿体無い。そういうジレンマがある。
(はじめに言ったけど私にとってはライヴハウスも「言葉を聞くハコ」なので、「言葉以外=不純物」という言い方をするのをここでは許してほしい。もちろん私は音楽も好きです)
 
両者の間をとって、やはり「弾き語り」が最強なのか? 逆に言うと、弾き語りやる人は、音が溢れて超楽しいバンドと、言葉の濃度ぎゅうぎゅうでイメージ豊かな詩の朗読、両方がライバルにいるってことだ。特にバンドはキャッチー度がマジ半端無いのでライヴハウスに同居すると大体弾き語りが負ける。弾き語りで数々のバンドと名勝負をしてのし上がってきた大森靖子ちゃんはやっぱまじすごいし、こんなとこはもちろん考えまくってやってたんだろう。
 
何が言いたいかというと、要は、
「ライバルは違うハコやインターネットの中にもいる」ということ。
 
私が2000円をどのハコに落とすか、あるいは本屋に落とすか、あるいはどこにも落とさず友達と宅配ピザとって宅飲みしながらインターネットでタダの動画を観る会を開くかは、私の自由ということだ!!!
 
 
 
……あーもうそういう意味で、家で5,6時間座って長編小説読んでくれる人ってマジ奇特だから、小説書く気失せるよねー笑
 
ま、本当にやりたいことは世俗に背を向けてもやりますが、私が最近、超短文小説や詩、朗読、最果タヒ、大喜利に興味あるのは、こういう理由でした。
 
 
と、いうわけで、大喜利の告知です!!!!!!
 
 
【エロ大喜利ツイキャス】
2016/5/8(日)21〜23時 ※前回より30分遅くなりました
 
回答:龍堂薫子 ひんやり 福田フクスケ 佐々木あらら(←new!
司会: 渋澤怜
 
今回は、歌人の佐々木あららさんがゲストだー!
「処女のまま始発で帰れ」っていう、タイトルからして素敵すぎる歌集を作ってて、
エロ短歌の人としても知られてる人だよー!(エロくない短歌もエモい!)
http://matome.naver.jp/odai/2136128724204574401
 
わたしはここらへんが好き↓↓
●「ぜんぶ好き」以外出口のない問いに「おっぱいです」で勝負して散れ
●つまらない月は買わないこともある雑誌のように付き合えたなら
 
短歌の人が大喜利やったら絶対面白いと思ってたので、
まさかの佐々木あららさんをお呼びできて大感激だ。神回の予感! ぜひ目撃せよ。
 
宅配ピザ食いながらでいいからー!笑 無料だからねー!!笑

 
 
それでは、今日もJAMFESに行ってきますね。
俺のGWは加速度を増してトゥービーコンティニュードだぜ!!(続く)
 

男の子は本当のことを知りたがる〜グルパリワンマン20160410


音楽が喋ってるみたいだった。
彼の歌は大体ひとつのことを言っているような気がした。流されるな。本当にやりたいことをしろ、思いたいことを思え、何も無いフリするな、不感症ぶるな。桜が嫌いなら桜が嫌いと言え。

僭越ながら、奇しくも、前回の私のブログに書いたことと共通してる気がして(いや、自分が今の自分に響くものをグルパ氏から読みとってるだけかもしれないけど)、音楽をちゃんと聴いてるつもりなのだが、自分のことばかり考える、歌詞を拾いすぎて小説のアイディアが浮かぶ、良いツイートを思いついてついついメモる、という状態になってしまった。なんかここ数ヶ月のエモが去来しちょっと泣きそうになったりもした。

ワンマンの良いところのひとつに、客全員が同じアーティストを聴きに来ていると分かりきっている、という点がある。それが悪い影響となることもある(ダレたり、内輪すぎたり)が、昨日に限ってはそれが良い集中と静寂を呼び、なかなか味わえないだろうなという場を生んでいた。愛と安心感溢れるシュワルツカッツというカフェで、終演後も動かずに佇みをキメていた。驚くことに大体のお客がそうしていた。美術教師をしているというお客さんと話し込んだ。グルパリは好きだけど、自分は好きじゃないなあ。だからグルパリを好きな人に快く自分をおすすめできない、会話は楽しいけど恥ずかしいなあ、と思った。

東高円寺の歩道橋にグルパリの絵日記がボミンされていた(数時間後には剥がされていた)。
歩道橋はエモい。自殺も出来るし、俯瞰も出来るし、交通手段とメディアはすべてエモいという私の持論にのっとってもエモい。
グルパリは写真もすごいし絵もすごいし、芸術が生きてるみたいだなあ。いや、本当はみんなそうなのだ。




https://twitter.com/donutpophatepop/media

20150213原田卓馬単独公演@新宿JAM

 最近言葉の牢獄に生き過ぎている私(あらすじ)は次に行ったライヴでは酒をたくさん飲んで言語中枢を少し鈍らせようと決めていた。

原田卓馬というのは私の友人の中でもダントツで人気者であり変なバンドマンで、もうなんか生まれながらに他人のATフィールドを無効化する力を持っているというか、全身マグネットな奴で勝周りの人間はどんどん彼に引き寄せられていくのだった。昨日は彼の単独公演にも関わらずハコは満員、つまりみんな原田卓馬が好きで仕方無いのだ。

 

40人が楽器を持ち寄り客を囲んで即興で合奏したり、全員参加の演奏があったり、まあ今までの私だったら「ハッちゃんと練られた音楽聴かせろよつまんねえな」とか思ったのだろうけど昨日の私は積極的にお玉をシンバルに叩きつけていた。バーバルよりノンバーバル、テキストよりコンテキストが最近のテーマの私は客や演者の顔をよく観察していたのだが等しく笑顔で、こんなに子供のような屈託の無い快が溢れるライヴハウスとかあんま観たことないわ。


最前列をさりげなく確保したり自分よりブスな隣の女がぶつかってきて心の中で舌打ちをしたり私は彼の音楽が好きなのであって顔が好きなわけじゃないもんという葛藤に悩まされたりなんで私は女じゃないんだろうギターは男が持たないと格好がつかない、と苦しみながら観るライヴハウスではなくて、まあ私はずっとそういうところにいたし原田卓馬も音数の多いガチャガチャしたやたら格好良い感じのバンドをやってそのように私を悩ませたこともあったが、昨日はなんかもう草むらでキャンプファイヤーを囲みながらアコギ一本で歌おうみたいな素朴な歌ばっかで、つまり彼は神父か教祖みたいで、まあもう私は自分のことを考えることさえ馬鹿らしく、つまり心のATフィールドが溶解して自分も他人も境目がわからなくなった。演る方も聴く方も無く渾然一体としており(それはセッティングにも現れていた。ステージとフロアの別無く奏者が聴衆を囲むように散らばっていた)360度から音が聞こえる感覚はちょっと新しく自分と音楽の境目もわからなくなった。

 

原田卓馬を愛する者達、そして音楽でトランスし合った私達は奇跡的な一体感に包まれていてよく知らない人とチューしまくっていたよ私は。(ここは日本ですよ! 信じられますか!!)


良い音楽はセックスと一緒だ、だからチューくらいナチュラルな流れであったし、終演後は全員とセックスしたとも同じ一体感が流れていたから、私はその中の一人の家に行ってセックスをしたのだった。ライヴ中に頭に浮かんだ仮説、つまりバンドも音楽も相手をよく観察して正しい瞬間に正しいタップを打ち鳴らすことの連続なのだから良いバンドマンはセックスも素晴らしいのではないか、という仮説は見事に真であると証明されるに至った。

 

 









みたいな話だったらいーのになーーー!!!




 

 

みんなねえ自意識過剰過ぎるからセックス出来ないんだと思う。私もそうだけどさ。





 

 

 

そうだ私結婚するかもしれません。トゥービーコンティニュード(私の人生は私にとって永遠に)。

 

 

評価:
SuiseiNoboAz
SuiseiNorecoRd/Village again
¥ 1,686
(2011-07-06)

メアドが変だから好きじゃない

評価:
SuiseiNoboAz
SuiseiNorecoRd / Village Again
¥ 1,928
(2010-01-20)
コメント:  

 SuiseiNoboAzを好きだった頃の自分を思い出した。
椎名林檎とクラシックしか聴かず音楽的素養が全くない中、弟の部屋に転がっていたCDをたまたま聴いてドハマリした自分をあっぱれだと思うが、もし私が初めて見た彼が今日の姿だとしたら――高円寺の小さなハコでの弾き語り、酔っ払ってちょいちょい歌詞を忘れ、あえてぶっきらぼうに語尾を投げる――私は彼の歌を好きになっただろうか。
三年前に大森靖子ちゃんを見つけた時も「コレは」と思ったしその感覚を今まで忘れずにいるが、でも三年前と違ってあんなに髪を振り乱したりはしないし叫ばないし援助交際の歌も歌わない彼女を私は今から見つけることが出来ただろうか。
いや、実際、徐々に穏やかで安定性を高めていく彼女のライヴに飽きはじめているんじゃないか? お前は。世界にほんの少ししか無いすごく好きなものに飽きてしまうのはとても恐ろしいが、しかし同時に、少し安堵する。ファンというクソみたいな人種――プレイヤーの一挙一投足に目玉をキョロキョロと反応させ、何を言ってもコロコロと笑い、好きです頑張ってくださいしか言えないのに話しかけたくて仕方無く、ネットでは饒舌に同士しか分かり合えない曲のディテールやライヴレポという名の需要があるか分からない変な文章をまきちらす――に、自分が貶められるのは、すごく耐え難いことだから。

つまり他人にアディクトするのは怖い、ダサい、気持ち悪い。

何を聴いても、誰とエロいことしても好きにならない鋼鉄コーティングしたハートを持って「何を聴いても、誰と寝てもつまらん」と言い倒しながら世界を灰色に塗り潰していく作業はものすごく簡単だ、たったひとつ気に入らないところを見つければいいのだから。歌詞をトばすバンドマンはダサい、わざと貧乏人ぶるのとかイタい、メアドが変だから好きじゃない。
 
本当は何かにアディクトしたいと思ってる癖に、それを許せない自分のつまらないプライドと引き換えに灰色に塗り潰される世界のほうがとんだとばっちりだ。アンテナを鈍らせ続けて自己防衛して、最終的には自分の鋼鉄の中身こそがクソ灰色だったことに、ものすごく近い将来気付くのだろう。
 
ダメでもいい、嫌われてもいい、と心から思っているかのように気持ちよく佇みをキメる彼は子供のように酔っ払っていて、多分私が酒を毛嫌いするのは憧れと妬みも入り混じった感情なのだろうなと思った。そしてクソチューニングの狂いまくったギターは、以前彼が見せていたクソ格好良いバンドでのエレキギターと全く手つきが一緒で、まあまあさすがに人生で一番凝視した手、思うことひとしおで、やっぱり自分はキモいファンなのであった。



ファンに質を求めるな

さて、ここいらでブログネタリクエストコーナーでもやるかと思ってTwitterで募集したら、

「最近バンドネタないんでそっち系統でなんか書いて欲しいです」

というリクエストを頂いたので、回答しようかと思います。




……とはいえ今年はまだ三回しかライヴハウス行ってないだわ……

音楽欲は初音ミクで満ち足りまくってるんだわ!!



というわけでライヴレポとかはかけないんだけど、
最近、知人のバンドマンの知人が言ってたらしい

「ファンに質を求めるな」

という言葉がやたらと印象に残っている。



ファンは、いれば、あるいは多ければ満足しろ、質を求めるなという意味ですねきっと。

顔ファンだろうがギャだろうがキッズだろうがDQNだろうがサブカルだろうがマナーが良かろうが悪かろうが、気にすんなって意味だねきっと。

昨日書いたとおり、
ステージ上の人物がファンのことをちまちま気にしてるは
あさまししいっつか器の小ささを感じさせるので、

「ファン層? とか別に、知らないし。売れてりゃいーし」

くらいの無関心さが格好良いですね。



そして、私の好きなバンドのバンドマンが、

「ファンに質なんか求めてねーよ」

っつってるところを想像すると、激しく萌える。


ああ……その、こっちに1mmも興味無さげなサマ……格好良い!!
一生こっち向かないで!!


ってなる。



もう私は好きなバンドのバンドマンには認知もされたくないですね。名前とか覚えてほしくないですね。実際には知人の知人だったりするので(インディーズにはよくあることだ)、認知されてしまってるんだけど。

次に久々にライヴ行ったら

「え? 誰だっけ? あー、シブサワ? なんかいたかも」

くらいに言い捨てて欲しいですね。





こんな感じで満足ですか? 質問に答えられてますか? こんなのが読みたかったんですか? そうだよね? そうだよね!!



ほかにもブログネタリクエストがある人は、
info@rayshibusawa.her.jp にメールするか、
Twitterで@RayShibusawaにリプライしてね!


ブログは毎日更新は9月末までで、あと4回しかないからお早目にね





・・・・・・・・・・・・
【おまけ】
三回行ったライヴの内訳は、
SuiseiNoboAz2回(6年前から一番好きなバンド)、
大森靖子1回です。
大森靖子は肝が据わった激しめの高円寺産ギター弾き語りガールなんだが、


というTweetが大変気に入ったので、
戒めとして画面メモしてiPhoneのホーム画面にしています(やめろ)


あとはパスピエのCDをガンガン聴いている。
パスピエは相対性理論がアグレッシブになった感じで、
東京藝大出てる音楽理論武装激しめのドヤキーボードが大変ウザ格好良いのだ。

売れないバンドマンの歌を歌うバンドマンについて

 10/31の日記です。


新宿モーション。石原正晴氏の弾き語りを観に行ったんだが、

その前に出てたMOROHAという人の歌がとても気になった。


夢をおいかけるために極貧で頑張る、とか、

このまま報われなかったらどうしようとか、

就職した仲間に複雑な感情を感じる、とか、

要は「売れないバンドマンの歌」を切々と歌っている。


内容は胸に迫るものがありとても充実したリスナー体験であったが、

この人に限らず、「売れないバンドマンの歌」というジャンルの歌を歌われると、

いつも葛藤してしまう。


現在進行形の切実な悩みを歌ってるからそれはもう迫真な良さがあるんだけど、

その、客にとっては「舞台裏」であるところまで見せるのはどうなのかなーと。

私嫌いなんだよね、「紅白歌合戦の舞台裏!」とか言ってもう一本番組作るの。DVDのおまけのメイキングさえ嫌い。本編で語れ、と。


それに売れないバンドマンの歌を歌われると

「ああー売れてないんだなーこの人」と思ってしまって、

素直にその人を好きになる気がちょっと失せるんだよね。

人気無い商品に手をつけてるんだなあ自分と思ってしまって。

インディーズなんて何枚売れてるかなんて誰も分かんないんだから要はハッタリの世界なのにさ。


あと、売れてないバンドマンの歌って、売れたら歌えなくなるわけで。

「この人はいい歌歌うからどんどん売れて欲しい!」って素直に思えなくなってしまうんだよね。

多分この人も本職では別なバンドやってると思うんだけど

(今回のセトリでは売れないバンドマンの歌ばかり歌って帰って行きましたが)、

もし売れないバンドマン系の歌だけやってる人いたとしたら、それは絶対に売れないんだよね、絶対に。

 

まあとにかく売れないバンドマンの歌は危険だという言うことです。でも好きです(両刃)

 

何だかんだ言って、

青田刈りの楽しみとか、

ギリギリ生活のバンドマンを発掘している・あるいは資金援助をしていると(!)いう高揚感が、

インディーズバンドのファンである楽しさの重大な要素であることを、否む気は、ちゃんちゃらないのよん